計画 -1-
みんなみんな あたしが愛してあげるから……
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「……ってあんた。訓練場と逆の方に行くから、何かと思えば」
サトルの部屋を出たセイジ達はサーカス館の正面入口に来ていた。襲ってきた団員2人を足下に転がし、大きな鉄扉の前に立つ。
「1回試しときたいんだよ。ここから館の外に出られるはずだよな」
『鍵はかかってないみたいだね』
セイジは扉の閂に手をかけようとした。
が、手が触れるやいなや、弾かれるようにうしろに下がった。
「え、何」
「……なんでだろう、出られる気がしない……!」
体中の血の気が引く思いで、セイジは口元をおさえた。
「むしろ、『館の外に出たい』という気が起きない……」
『対象者が逃げないようにするまじないね。でも、そんなに強力だなんて……?』
「だめだ。ここにいたくない」
耐えかねて逃げるように扉から離れ、壁に手をつく。肩で息をしているところへ、サトルとカナの気配が近づいてきた。
「大丈夫ですか」
「ちょっと。しっかりしてよね」
「悪い……少し休ませてくれ……」
『でも、あんまりのんびりしてられないよ』
アンティークに言われるまでもなく、ばたばたと駆けてくる足音はセイジにも聞こえた。
「お、いたぞ! セイジだ!」
「殺せ!!」
セイジはうんざりした気分で呻いた。
「なんかもう、飽きてきたな……」
『そんなこと言ってる場合じゃないよ! ……あ』
カナが飛び出した。3本のクラブを巧みに操り、3人の団員を次々に殴り倒す。
その身のこなしは舞踏のようで、うっかりすると見惚れそうな美しさだった。
「しっかし本当、身が軽いよなー、お前」
セイジは楽々と勝利して戻ってきたカナを、素直に賞賛した。カナは――先刻のセイジの失言を、心配したほどは気にしていない様子で――クラブを腰帯に差し直す。
「あんたも……素人にしちゃそこそこなんじゃない、動きとか」
「私もそう思います。このサーカス団には入団したばかりと聞きましたが、その前は本当に、何の訓練もしていなかったのですか?」
「んー? ……俺がやってたのは、じいちゃんの鍛錬くらいかなあ」
サトルに答えながら、セイジは何年も前に亡くなった祖父を思い起こした。
「俺のじいちゃん、けっこうな変わり者でさ。身体鍛えるのが趣味みたいな感じで、よく分からない鍛錬みたいのをいっつもやってて……俺も物心ついた頃からつき合ってたんだ。それが入団テストの時にけっこう役に立ったっけな」
「そうでしたか……」
「――ねえ、そろそろ移動しないの。きりがない」
カナが廊下の向こうを見やって眉をひそめた。また人の気配がしているので、サトルの先導で今度こそ、『巨人の間』へ向かうことにした。
「『巨人の間』は右腕の棟の奥です」
「右腕?」
「マップはまだご覧になっていませんか? このサーカス館はちょうど人のような形をしているんです。ステージが頭に当たると考えていただいて……北側に向かっていくと『胴体』にあたる団員の訓練場、そこから枝分かれするように『右腕』『左腕』『右脚』『左脚』の棟があります」
『つまり、逆さまに寝ている人の形ね』
「そのとおりです」
説明を受ける間に、4人は訓練場に出た。そこは中庭のようになっていて、何棟か建物が建ち、動物の檻などもあった。
そんな光景を横目に見て、出入口のほど近く、『右腕の棟』へ入っていく。
中は廊下が長く伸び、廊下の左右にいくつかの扉が見えた。そしてやはり、何人かの団員がうろついていた。
「とりあえずやりすごしましょうか」
サトルの合図で、入ってすぐの小部屋へすべり込む。そこは狭いながらがらんとした空間で、古めかしいダイヤル式の電話があるばかりだった。
しばし息をひそめて外の様子をうかがう。
――外ばかり気にかけて、誰も、“中”に注意を払わなかった。
ジリリリリン…… ジリリリリン……
「!!」
「うえ!?」
『な、何』
「しっ、静かに!」
部屋の電話が突然鳴りだし、セイジはびくりと身をすくませた。
とっさに正しく行動したのはカナで、飛びつくように受話器を上げ、音を止めた。
「カナ……グッジョブ……!」
「うるさい」
親指を立てたセイジに小声で毒づき――カナはふと、何かに気づいたように受話器を見た。
「どうした?」
「……」
カナは一度受話耳に当てた受話器を、妙な顔をしてセイジに差しだす。
「あんたに替われって」
「え? 俺?」
「早く出て」
セイジは半信半疑にそれを受け取った。
「もしもし……?」
【モシモシ、聞コエマスカ? セイジサン】
なんともいえない奇怪な声に名を呼ばれ、セイジは若干寒気を覚えた。
「あぁ、お前は誰だ。どこからこの電話をかけている?」
【私ハHP管理人デス。HPヲ閲覧イタダイタヨウデ、アリガトウゴザイマス】
『さっき見てたホームページの管理人さん? それにしても変な声だね』
セイジと一緒に聞いていたアンティークがささやき、カナが不快げに目を細める。
「機械音声だ。生の声じゃない」
「タイミングよくかけてきやがって。俺が今ここにいることを知ってたのか?」
【ハイ。イツデモ貴方ヲ見テイマスカラ】
『なんか気持ち悪い……』
そうは言っても、相手が何者か分からない以上、素性を知られているこちらが不利だ。
セイジはひとまず敵対色を抑えることにした。
「俺に何か用か」
【アナタニ頼ミタイコトガアリマス。……5ツノ呪ワレタ札ヲ壊シテクダサイ】
「……は?」
『5つの呪われたおふだ……? なんのことだろう……?』
それはセイジこそが聞きたいことだった。
「おい、もう少し詳しく説明してくれ」
【札ハ、5ツノぱーつヲ繋ギトメルモノデス。『両腕』『両脚』『記憶』『胴体』『人格』ノ5ツヲ。……アレヲ壊セバ計画ハ失敗スルハズ。アナタノぴえろげーむモ終ワルカモシレマセン】
「計画が失敗すれば俺のピエロゲームが終わる……? どういうことだ。計画って何だ?5つのパーツってのは――」
ぷつん。
弾くような音がして、受話器の向こうは沈黙した。
「あ、おい!」
『……切れちゃった』
「なんかいろいろとわけのわからないこと言われたぞ?」
「……5つの札って……」
セイジはカナに目を向けた。カナは何やら戸惑ったような表情でいる。
「カナ? 何か知ってるのか?」
「……ううん。別に」
「そうか?」
「それより今、外、平気そうじゃない。行こうよ」
「お、おい」
先に外をうかがい見たサトルがうなずく。カナがもうさっさと出ていこうとするので、疑問を残しつつ、セイジも後に続いた。
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