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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
終章
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114/117

エピローグ -2-


「……やー、終わった終わった!」

「お疲れ、“団長”」

 リハーサルを終えて団長室に戻ってきたセイジは、さっそくシルクハットを放り出し、タキシードの上着を脱ぎ捨てた。先に上がって練習着に着替えていたカナは、その様子に軽く眉をひそめた。

「相っ変わらずだらしないんだから」

「だからガラじゃねぇって言ってんのに。何ならお前がやるか? 団長」

「……遠慮しとく」

「だろ? しっかし……アンティークがこの姿見たら、きっと笑うんだろうなあ……」

 セイジは苦笑して、ソファに沈み込んだ。

「にしても、こんな早く軌道に乗るなんて思わなかった。忙しくて目が回りそうだ」

「ん……」

「ありがたいことだとは思うけどな。スポンサーと裏方がついてくれたのがでかかったよな、やっぱり」

 ――サーカス館からなんとか脱出した、その後。

 セイジとカナはひとまず隣町に移り、大道芸で日銭を稼いでいた。そこへ訪ねてきたのが、ゲンの率いる裏方集団と、ヨシタカだった。ヨシタカはエリと“A”を引っぱってきた。“A”は『アキノリ』と名を戻し、今は経理事務を引き受けてくれている。

 ちなみに、ヨシタカはというと。

「あのさ……私、あいつがウチの出資者っていうの、いまだに納得できないんだけど……」

 カナはいまだにヨシタカを苦手にしている。セイジは笑うことしかできない。

「ま、まあ……昔から手作りの人形売って稼いでたっていうからなぁ。あれ人形遣いじゃなく、“人形師”っていうんじゃないのか……?」

 ともあれ、小さいながら事務所を借りられたのも、数度の公演を行うことができたのも。ヨシタカのおかげであることは確かな事実なのだった。

 セイジは大きく伸びをした。この後もまだ予定が残っている。今のうちに、少し休んでおきたい。

「とにかくさ。今は俺がなし崩しで“団長”やってるけど……他にやれそうな奴がいたら、即代わってもらうよ」

 気軽を装って言ったものの、しばらくは難しいだろうとも思っていた。何しろゲンとヨシタカの他にも、あのサーカス団を失って、こちらへ流れてきた者が何人もいる。バニー姉妹をはじめとして、主にはピエロゲームに積極的でなかった者達だ。

 時々、知らずに入団試験に応募してきて、セイジの顔を見るなり慌てて逃げ帰る者もいる、というのは余談であるが――

 とにかく、その関係者がセイジを“団長”と呼ぶので、もうどうしようもなかった。

「ほんとに……こんな馬鹿兄貴が団長で、なんで人が集まってくるんだろ」

「人徳だろ、人徳」

「それしか取り柄ないもんね」

「おいこら。褒めてんのか? けなしてんのか?」

 2人は笑い合った。――カナもようやく、笑顔を取り戻しつつあった。

 ふと、セイジは笑い止んで、天井を見上げた。

「2年……経ったんだな。エリとの約束、まだ果たせないままだ……」

「……」

「そろそろ暇見て、“あっち”がどうなったか見てくるよ、俺。そんで中に入れそうなら、ララにも挨拶してこようと思う」

 ララのことは、エリがここへ来てから改めて聞かされた。『左腕』奥の中庭に建てたという墓碑に、何度か近くを行き来しながら気づかなかったことが悔やまれる。

「あの辺は舞台から遠いし、燃え残ってると思うんだ。噂じゃ人がいなくなって半分廃墟とかいうから、荒れちまってるかもしれないけどな……」

 カナは答えず、自分の首に手を触れた。前のサーカス団に関わる話をすると、カナは必ずそうしている。

 そこにあの包帯はない。サーカス館からの脱出後、気づいたときにはなくなっていた。

 その意味するところを語り合うには――もう少し、時間がいりそうだった。

「……。なあカナ。お前、サーカス好きか?」

 セイジはふと、尋ねてみた。カナは不意をつかれたように目を開いた。

「どう、だろ。たぶん……嫌いではないと思うけど……」

「そうか。そりゃよかった」

「急にどうしたの」

「……最近思うんだ。カナをあそこに預けたり、俺にアンティークを渡したり……じいちゃんが、俺らをサーカスに関わらせようとした理由」

 体を起こしたセイジは、カナにまじめな顔を向ける。

「じいちゃんは単に、俺らとサーカスがしたかっただけだったのかもしれない。あんなにでかくなくたっていい。観てる方も演じてる方も楽しくて、幸せになれるような……そんなステージを、一緒にやりたかったんじゃないかってさ」

 カナは1度、目を伏せた。

 そうして次にセイジを見た時、その表情は穏やかだった。

「うん……そうかもしれないね」

「――あ! それよりお前、今日はどうするんだ? 入団試験の最終面談……また来ないのか?」

 セイジは唐突に話題を変えた。いい加減慣れたようで、カナは考える風もなく首を振った。

「別にいい。兄貴がいいと思えば、いいんじゃないの」

「いや、お前一応、ここのナンバー2ってことになってるし」

「いいってば。人を見るのは、あんたに任せるよ」

 ――と、そこへ扉のノック音が割り込んだ。セイジが一声かけると、団員の1人がきびきびと入ってきた。

「団長、最終面談の準備が終わりました」

「ああ分かった。すぐ行くよ。今日は何人になった?」

「実技は全員通過です」

「お……珍しいな」

 この少年は、別のサーカス団から来た新顔だ。演戯に対する目の厳しさを見込んで、セイジが入団試験の監督役に抜擢した。

 彼が監督を務めて以来、実技に全員合格というのは、これが初めてだった。

「どんな奴らだ? 経験者か?」

「経験者というより、熟練者と言っていいと思います」

「へえ……お前がそこまで人を褒めるの、初めて聞いたな」

「事実ですから。ただ、1つ気になることが。演戯とは関係ないのですが……」

 少年はこうやって、少しつっこんだところまで見てきてくれる。おかげでセイジの面談にも心構えができる。

「問題がありそうなのか」

「と、いいますか。全員がそれぞれ、かなり遠方から受けに来てるのに、お互いを知っているようでした。それと……団長に、全員から同じ内容の伝言を預かっています」

「へ……? 俺に?」

「はい」

 思い出すように、息を継いで。

「男性も女性もいましたので、要約します。『遠くに飛ばされていたので遅くなった。待たせて済まない』――とのことです」

「は? ……――えっ!?」

 セイジは思わず身を乗り出した。視界の端ではカナが硬直している。

「え、えーと……ちょっと確認するぞ。今日の試験、受けに来たのは……5人だったな?」

「はい」

「あの、な。その中に、全身刺青の男がいたり、とか――」

「……? どうしてご存じなんですか?」


 バタンッ!!


 ドアの開く音がしたと思った時には、カナの姿が消えていた。さすがに面食らったようで、少年が瞬いた。

「団長、カナさんは……?」

「……あー、ったく……相変わらず速いなーあいつは……」

 セイジはこみ上げてくる笑いを抑えきれず、深くソファに沈んで、顔を仰向けた。

「ははっ……あはははは! あいつら! ここまでたどり着くのに2年って……どんだけ遠くまで行ってたんだよ!」

「あの……団長? 面談は……」

「後でやる。先にカナが行ってるから……しばらくほっといてやってくれ」

「はぁ……?」

 セイジは勢いよく身体を起こした。

 そして、不得要領な顔の少年ににやりと笑いかけた。

「それよりお前。覚悟しとけよ。このサーカス団――明日から、すっごいことになるぞ?」



         ++++++



             さぁ、楽しいサーカスの時間の

              はじまりはじまり――……



                                 FIN



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