エピローグ -2-
「……やー、終わった終わった!」
「お疲れ、“団長”」
リハーサルを終えて団長室に戻ってきたセイジは、さっそくシルクハットを放り出し、タキシードの上着を脱ぎ捨てた。先に上がって練習着に着替えていたカナは、その様子に軽く眉をひそめた。
「相っ変わらずだらしないんだから」
「だからガラじゃねぇって言ってんのに。何ならお前がやるか? 団長」
「……遠慮しとく」
「だろ? しっかし……アンティークがこの姿見たら、きっと笑うんだろうなあ……」
セイジは苦笑して、ソファに沈み込んだ。
「にしても、こんな早く軌道に乗るなんて思わなかった。忙しくて目が回りそうだ」
「ん……」
「ありがたいことだとは思うけどな。スポンサーと裏方がついてくれたのがでかかったよな、やっぱり」
――サーカス館からなんとか脱出した、その後。
セイジとカナはひとまず隣町に移り、大道芸で日銭を稼いでいた。そこへ訪ねてきたのが、ゲンの率いる裏方集団と、ヨシタカだった。ヨシタカはエリと“A”を引っぱってきた。“A”は『アキノリ』と名を戻し、今は経理事務を引き受けてくれている。
ちなみに、ヨシタカはというと。
「あのさ……私、あいつがウチの出資者っていうの、いまだに納得できないんだけど……」
カナはいまだにヨシタカを苦手にしている。セイジは笑うことしかできない。
「ま、まあ……昔から手作りの人形売って稼いでたっていうからなぁ。あれ人形遣いじゃなく、“人形師”っていうんじゃないのか……?」
ともあれ、小さいながら事務所を借りられたのも、数度の公演を行うことができたのも。ヨシタカのおかげであることは確かな事実なのだった。
セイジは大きく伸びをした。この後もまだ予定が残っている。今のうちに、少し休んでおきたい。
「とにかくさ。今は俺がなし崩しで“団長”やってるけど……他にやれそうな奴がいたら、即代わってもらうよ」
気軽を装って言ったものの、しばらくは難しいだろうとも思っていた。何しろゲンとヨシタカの他にも、あのサーカス団を失って、こちらへ流れてきた者が何人もいる。バニー姉妹をはじめとして、主にはピエロゲームに積極的でなかった者達だ。
時々、知らずに入団試験に応募してきて、セイジの顔を見るなり慌てて逃げ帰る者もいる、というのは余談であるが――
とにかく、その関係者がセイジを“団長”と呼ぶので、もうどうしようもなかった。
「ほんとに……こんな馬鹿兄貴が団長で、なんで人が集まってくるんだろ」
「人徳だろ、人徳」
「それしか取り柄ないもんね」
「おいこら。褒めてんのか? けなしてんのか?」
2人は笑い合った。――カナもようやく、笑顔を取り戻しつつあった。
ふと、セイジは笑い止んで、天井を見上げた。
「2年……経ったんだな。エリとの約束、まだ果たせないままだ……」
「……」
「そろそろ暇見て、“あっち”がどうなったか見てくるよ、俺。そんで中に入れそうなら、ララにも挨拶してこようと思う」
ララのことは、エリがここへ来てから改めて聞かされた。『左腕』奥の中庭に建てたという墓碑に、何度か近くを行き来しながら気づかなかったことが悔やまれる。
「あの辺は舞台から遠いし、燃え残ってると思うんだ。噂じゃ人がいなくなって半分廃墟とかいうから、荒れちまってるかもしれないけどな……」
カナは答えず、自分の首に手を触れた。前のサーカス団に関わる話をすると、カナは必ずそうしている。
そこにあの包帯はない。サーカス館からの脱出後、気づいたときにはなくなっていた。
その意味するところを語り合うには――もう少し、時間がいりそうだった。
「……。なあカナ。お前、サーカス好きか?」
セイジはふと、尋ねてみた。カナは不意をつかれたように目を開いた。
「どう、だろ。たぶん……嫌いではないと思うけど……」
「そうか。そりゃよかった」
「急にどうしたの」
「……最近思うんだ。カナをあそこに預けたり、俺にアンティークを渡したり……じいちゃんが、俺らをサーカスに関わらせようとした理由」
体を起こしたセイジは、カナにまじめな顔を向ける。
「じいちゃんは単に、俺らとサーカスがしたかっただけだったのかもしれない。あんなにでかくなくたっていい。観てる方も演じてる方も楽しくて、幸せになれるような……そんなステージを、一緒にやりたかったんじゃないかってさ」
カナは1度、目を伏せた。
そうして次にセイジを見た時、その表情は穏やかだった。
「うん……そうかもしれないね」
「――あ! それよりお前、今日はどうするんだ? 入団試験の最終面談……また来ないのか?」
セイジは唐突に話題を変えた。いい加減慣れたようで、カナは考える風もなく首を振った。
「別にいい。兄貴がいいと思えば、いいんじゃないの」
「いや、お前一応、ここのナンバー2ってことになってるし」
「いいってば。人を見るのは、あんたに任せるよ」
――と、そこへ扉のノック音が割り込んだ。セイジが一声かけると、団員の1人がきびきびと入ってきた。
「団長、最終面談の準備が終わりました」
「ああ分かった。すぐ行くよ。今日は何人になった?」
「実技は全員通過です」
「お……珍しいな」
この少年は、別のサーカス団から来た新顔だ。演戯に対する目の厳しさを見込んで、セイジが入団試験の監督役に抜擢した。
彼が監督を務めて以来、実技に全員合格というのは、これが初めてだった。
「どんな奴らだ? 経験者か?」
「経験者というより、熟練者と言っていいと思います」
「へえ……お前がそこまで人を褒めるの、初めて聞いたな」
「事実ですから。ただ、1つ気になることが。演戯とは関係ないのですが……」
少年はこうやって、少しつっこんだところまで見てきてくれる。おかげでセイジの面談にも心構えができる。
「問題がありそうなのか」
「と、いいますか。全員がそれぞれ、かなり遠方から受けに来てるのに、お互いを知っているようでした。それと……団長に、全員から同じ内容の伝言を預かっています」
「へ……? 俺に?」
「はい」
思い出すように、息を継いで。
「男性も女性もいましたので、要約します。『遠くに飛ばされていたので遅くなった。待たせて済まない』――とのことです」
「は? ……――えっ!?」
セイジは思わず身を乗り出した。視界の端ではカナが硬直している。
「え、えーと……ちょっと確認するぞ。今日の試験、受けに来たのは……5人だったな?」
「はい」
「あの、な。その中に、全身刺青の男がいたり、とか――」
「……? どうしてご存じなんですか?」
バタンッ!!
ドアの開く音がしたと思った時には、カナの姿が消えていた。さすがに面食らったようで、少年が瞬いた。
「団長、カナさんは……?」
「……あー、ったく……相変わらず速いなーあいつは……」
セイジはこみ上げてくる笑いを抑えきれず、深くソファに沈んで、顔を仰向けた。
「ははっ……あはははは! あいつら! ここまでたどり着くのに2年って……どんだけ遠くまで行ってたんだよ!」
「あの……団長? 面談は……」
「後でやる。先にカナが行ってるから……しばらくほっといてやってくれ」
「はぁ……?」
セイジは勢いよく身体を起こした。
そして、不得要領な顔の少年ににやりと笑いかけた。
「それよりお前。覚悟しとけよ。このサーカス団――明日から、すっごいことになるぞ?」
++++++
さぁ、楽しいサーカスの時間の
はじまりはじまり――……
FIN




