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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第25章
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不死の踊り子 -2-


 ――目の前に、どさりと大きな花束が置かれた。

 その向こうには愛しい人の顔があった。


 『君達のおかげで、サーカス団の初公演は大成功だったよ。ありがとう。

 これは私からのお礼だ』

 『わあ……キレイ!』

 『ありがとうございます、団長!』

 『“歌姫”と“踊り子”。君達はうちの花形だ。これからもよろしく頼む』


 まわりで拍手が起きた。他の団員のみんなも、あたし達を認めてくれている。

 あたしはくるりと回転して、舞台用のお辞儀をした。

 お姉ちゃんははにかんだ笑顔で頭を下げた。

 団長はそんなあたし達を、あの時だけは、優しい笑顔で見守ってくれた。


 厳しくて、でも頼りになる団長。

 ちょっと照れ屋だけど、優しくて綺麗なおねえちゃん。

 大好きな人達に囲まれてサーカスができるのは、とっても幸せだった。

 だけど……なぜだろう。

 気になってしまった。おねえちゃんと団長が、じっと視線を合わせる姿――


 『……またあなたなの。おねえちゃんはまだ練習中よ?』


 おねえちゃんには団内のファンも多い。

 中でも特に熱心なピエロがいた。おねえちゃんの部屋にまで、よく様子を見に

 来てる。

 『いい人だよ』なんておねえちゃんは笑うけど……


 『しつこい男は嫌われるよ?』

 『昨日、団長に叱られて落ち込んだって聞いたから。でも今は元気そうだね』

 『花形の練習は厳しいの。あたしだってついさっきまで、ずっと稽古だったん

 だから』

 『知ってる。アンはいつも君のことを「自慢の妹だ」って話してくれる』

 『は? どこで? おねえちゃんがあんたとしゃべってるとこなんて、見たこと

 ないけど?』

 『――手紙だよ』


 背の高いピエロは、ピエロらしい仕草でお辞儀をして、にっこり笑った。


 『歌姫によろしく。呼んでくれれば、僕はいつだって彼女を笑わせに来るから』

 『何それ……』

 『僕はまだ訓練中でステージに立てないけど、いつか歌姫と共演したいと思ってる。

 もちろん、君ともね』


 その時は、屈託のない笑顔にちょっとだけ腹が立って。

 白いほっぺたをつねってやった。


 ――どうしてだろう。どうして、おねえちゃんなんだろう。

 あたしだって必死で訓練を積んで、こんなに上手く踊れるようになったのに。

 あたしを見るためにサーカスに来るお客さんもたくさんいるのに。

 団長だって褒めてくれたのに。

 どうして、おねえちゃんばっかり……


 ある日、噂を聞いた。

 団長とおねえちゃんが……2人っきりでいたって。

 おねえちゃんは最近、すごく綺麗になった。

 おねえちゃんは最近、すごく歌がうまくなってきた。


 おねえちゃんは――


 『……なあに?どうしたの、ユエ……』


 あたしはナイフを振り上げた。


 あんたの血を全部抜いて、あたしの身体に入れたら……

 あたし、あんたになれるかな。

 きれいになれるかな。

 演戯もうまくなるかな。

 団長に、気にいってもらえるかな……


 『おねえちゃん……きれいだね。ほんとにきれい……』

 『――ユエ!?』


 赤い赤い意識の中に、団長の声が射し込んだ。

 気がつくと、あたしの手は真っ赤だった。床も一面真っ赤だった。

 目を上げれば団長と、ピエロのサトルが駆け寄ってくる。

 その団長の顔を見て思った。


 ああ……あたし、間違えちゃった……


 『アンは……連れて行くよ』


 待って。嫌いにならないで。

 おねえちゃんを連れて行かないで。

 あたしを、置いていかないで――


 それから何日かは、何事もなかったように過ぎてしまった。

 あたしは急に団長室に呼ばれた。

 団長室には厳しい顔の団長がいて、そのそばに、見慣れない人形もいた。

 あたしには、それがおねえちゃんだとすぐに分かった。


 『今はまだ眠っている。魂が定着するまでにもう少しかかる』


 団長はよく見ると、少しやつれたみたいだった。


 『あたし……どうしたらいいですか? ……あたしも死ねばいいですか……?』

 『いや。お前は永遠を生きなさい。それがお前への罰だ』

 『え……』


 『お前が“気づいて”くれるまでには、きっと長い時間がかかるだろうから――』


 団長の手があたしの頭をつかんだ。

 分かりました。何でもします。どんな罰でも受けますから。


 だから……!


 ――それからすぐ、団長はご自身の引退を発表した。

 その傍らにはやっぱり、おねえちゃんがいた。


 『少々やんちゃをしてしまってね。私にはもう、皆を引っぱっていくだけの力が

 ないんだ』

 『そんな!我々はこれから、どうすれば……!』

 『新しい団長については指定していくよ。――私の血を受け継ぐ者を次期団長と

 する。彼、もしくは彼女が正統と認められた時、鐘の音がそれを報せるだろう』

 『団長……!』

 『新しい団長室に、血統を見極めるためのまじないを用意しておいた。……そんな

 暗い顔をするな。サーカス団がなくなったわけじゃないんだ。新団長が現れるまで

 は、皆で代理を決めて従ってくれ』


 団長……

 おねえちゃんを連れて、団長は去ってしまった……

 でも、待って?

 団長が連れて行ったのはおねえちゃんの魂だけ。

 おねえちゃんの……身体は……?


 『ねえ……サトル。本当なの? あなたがおねえちゃんの身体を持ってった

 って……』


 突き止めるまでに1年もかかった。

 2人きりになって問いつめると、サトルは開き直ってあたしを睨んだ。


 『団長は黙っているようにおっしゃったけど……! アンを殺したのは君だ!

 君にだけは、アンは渡さない!』

 『ダメ……ダメよ、そんなの。団長だって……お許しにならないわ?』


 新しく手に入れた呪いの書。そこにサトルの名を書き込む。

 サトルもすぐに気がついたみたいだった。


 『ユエ……君は団長の代理に選ばれてから、ゲームと称して2人殺したな。

 僕も殺そうというのか?』

 『さあ、どうかしら』

 『アンの元へ行けるなら、僕は……それでも構わない……!』

 『……うふふ、残念。あなたの制裁内容、死ぬことなんかじゃなかったわ……?』


 ぱっと光が散った。

 呪いが――発動した。


 『……え……?』

 『言ってるでしょう? 制裁は死ぬことじゃないの。対象者が「一番辛いと思う

 こと」。……後で鏡を見てみるといいわ。あなたはもう、2度と笑うことが

 できないから』

 『!? そんな……!!』

 『はは……あははは……!』


 もう驚いた顔さえできていないピエロが、妙におかしい。

 笑ってしまう。そのせいか――顔が歪んだような感覚があった。

 ……ううん。そうじゃない。

 本当は、団長がいなくなってすぐに、自分にかけた呪いのせい。

 踊り子の自分には、醜くなることが恐怖だった。

 だけど、恐怖心はもう麻痺してきていた。


 ――あれ?

 あたしは何が怖かったんだっけ。

 最初は何がしたかったんだっけ。

 何を……間違えたんだっけ……?


 やがてあたしは『団長』と呼ばれるようになった。

 そして長い年月を生きるうちに、最初の仲間達はどんどん死んでいって。

 いつしか、ひどい孤独感を感じるようになった。


 いつまで?

 あたしはいつまで生きればいいの?

 このままじゃあたし、1人になっちゃう……


 寂しい。


 どうしたらいい? どうしたら寂しくなくなるんだろう?

 ……あ。

 そうだ……あたし、本当の『団長』になろう。

 そうしたらこのサーカス団のみんなは、きっとあたしと一緒にいてくれる。

 だけど次の団長は、次の団長の血をひく者と決まってる。


 ――団長の血をひく、新しい身体が、必要……?


 考えなくちゃ。どうしたらいいか。

 考えなくっちゃ――


  1人ぼっちは、もう……いや……



         ++++++



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