首の少女 -4-
きちんと扉を閉めてから、3人は中を見渡した。
「思ったより広い部屋に出たぞ……」
「へぇ、こんな部屋があったとは知らなかった」
『――セイジ』
アンティークの声が部屋の隅を示した。すると、極彩色の服の上で首が回った。
セイジは思わず、それを指さした。
「あ! お前!」
「おや、まだ無事なようですね。感心しました」
「あんたサトル……?」
セイジの恨み言よりも先に、カナが言った。するとサトルは長身を折り、ピエロらしく深々とお辞儀をした。
「これは驚いた。カナじゃないですか。まさかあなたが一緒にいるとは思いませんでした」
「団員なんて数え切れないくらいいるのに知ってるのか、カナのこと?」
「色々と有名な少女ですから」
「そっちこそ有名なんじゃないの? 『おいぼれピエロ』さん」
なぜかむっとした顔でカナが反論し。
なぜか、サトルはセイジとカナを、じっと見つめた。セイジはそれを睨み返した。団員に襲われているところを放置された恨みはまだ忘れていない。
――が。
「……セイジ」
「なんだよ?」
「この部屋は私の部屋です。恐らくこのサーカス館の中で一番安全な場所だと思います。ここなら休むこともできるので好きに使って下さい」
『わぁい♪よかったね、セイジ』
初めて「味方だ」との宣言に沿う提案を受け、アンティークが単純に喜んだ。対して、セイジは眉をひそめた。
「……なんかお前、怪しくないか? 手違いとはいえ、仮にも俺は指名手配中の身みたいなモンだぞ」
『きっとこの人、いい人なんだよ』
「これが『いい人』って顔か?」
『セイジ……それは失礼だよ……』
「私も同意見だ。あんたがセイジに手を貸しても何の得もない」
カナが腕組みをして、サトルを見据えた。
「何を企んでる?」
「……ただ、彼を助けたいだけですよ。もちろんそちらのお人形さんも、カナ、あなたもです」
サトルの表情からは何も読めない。やりづらい相手だと思ったのだろう、カナの方からすぐに目をそらした。
「胡散臭い奴だ」
「それは恐縮」
『セイジ。どうするの?』
「……うーん……」
現実問題と心情的な部分との板ばさみになり、セイジは言葉を濁す。
「確実に隠れられる場所があるってのは、確かに……ありがたいんだが……」
「……先ほどは試すような真似をして申し訳ありませんでした」
「あ?」
「この部屋から出るときは私もご一緒させてもらいます。このサーカス団やピエロゲームのことは、他の団員達より詳しいと思いますので、お役にたてるかと」
「……」
動かない表情はともかく。声音は意外に誠実であることに気がついた。
セイジは、「少しくらいは信用してやろうか」という気になった。
「……わかった。詳しい奴がいると心強い。とりあえずお前は味方だと信じていいんだな?」
「そう申したはずです。最後はあなたの判断に任せますけどね」
わかってしまえば何ということもない。これまで表情に気を取られすぎていた。言葉だけで相手の心情を量るのは、アンティーク相手にいつもしていることだ。
サトルはほっとした様子で1人1人に会釈をした。
「それではよろしくお願いします、セイジ、カナ。それと――」
「アンティークだ」
『よろしくね、サトルさん』
「……よろしくお願いします。アンティーク」
人形からの突然の挨拶にも驚くことなく、サトルはアンティークに向かい頭を下げた。
「サトルもアンティークの声が聞こえるんだな? どうなってんだろうな、一体」
『もしかするとほかの人にも聞こえるのかもね』
「それだといろいろ楽かもな……」
アンティークとのんびり話しているところで、不意に、セイジは腕をつかまれた。
「ちょっと、こっち」
カナにぐいぐいと引っぱられ、部屋の端まで連れて行かれる。
そして開口一番。
「あんたサトルを信じてんの?」
「馬鹿じゃないの?」という副音声が、ばっちり聞こえてきた。
「え。まぁ怪しい奴ではあるけど、好意は受けておいたほうがいいだろ」
『最初にピエロゲームのルールも教えてくれたんだよ。悪い人じゃないよ』
カナはため息をついた。
「あんた達、ほんと騙しやすそうだね」
「ぐ……」
「あんたさ――サトルの年齢はいくつだと思う?」
唐突な質問だった。セイジは戸惑いながらサトルを見やった。
「メイクで分かり辛いけど……2、30代くらいじゃねーの?」
カナは、はっきりと首を振った。
「あいつの中身はジジイだよ。60年も前からここにいるらしい」
「はぁ!? どう見てももっと若いだろ! 動きだって全然……」
「自分で肉体を改造してるんだ。老化しないようにね。そうまでしてこのサーカス団に残ってるんだ。……あいつもきっと、何か裏がある」
くるりとセイジに背を向けて、カナはつぶやくように締めくくった。
「簡単に人を信じないほうがいい。私も含めて――ね」
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