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その7*勲

 久々に母校を訪れた。

 三月に卒業して以来だから、ほぼ半年ぶりか。最寄りの駅から、徒歩十五分。田んぼと畑に囲まれた校舎が相変わらずそこにあった。

「な~んか、閑散としてないか?」

 じりじり照りつける太陽の下、半分干からびた心地になっている俺は、ついそんな独り言を口にしてしまう。どうして九月も半ばだというのにこんなに暑いのだろう。暑さ寒さも彼岸までと言うはずなのに、今年の秋はどこかで昼寝をして出遅れているらしい。

 校庭を囲うグリーンのフェンスには、幹線道路から見えるその一角にだけ紅白の垂れ幕が掛かっている。そして正面の門には花をあしらったアーチ型の入り口が取り付けられていた。

「第四十五回☆青陵祭」

 大きな看板には、書道部の誰かが書いたと思われる隆々とした筆文字。それなりに格好がついていると思うが、何故かその下の中途半端に空いたスペースにパンダとウサギが描かれている。いったい、誰の仕業だ。ここは「こども動物園」ではないんだぞ。

 今から、あの下をくぐらなければならない。そう思ったら、がっくりと脱力した。


 事の起こりは、三日前。バイトに行こうと家を出たところで、隣に住む幼なじみとばったり出くわした。

「お~い、勲っ!」

 ここでその「幼なじみ」が絶世の美少女だったりすると話は一気にロマンスになるのだが、残念ながらコイツは野郎だ。いや、相手が男であってもロマンスが芽生える場合もあるだろう。しかし、俺はあくまでもノーマルに生きていきたい。

「よう、諒介。久しぶり」

 隣に住んでいる上に究極の腐れ縁であるコイツとは、小学校からずっと同じ学校に通い続けている。高校までだったらまだわかるが、どうして大学にまでくっついてくるんだ。一方的に変な好かれ方をしているのではないかと、内心不安になったりもする。

 まあ、同じキャンパスに通っているからといっても、専攻が違えば四六時中顔をつきあわせることもない。しかも今は夏期休業中だ。お互いにバイトにサークルにと忙しく、気づけば一月以上ご無沙汰していることも少なくない。

「今からバイトか? 相変わらず、熱心なことだな」

「まあな、暇つぶしってところか」

 家にいたって退屈だし、外に出ればなにかと金が掛かる。それならば、空いた時間はバイトをしているのが一番効率がよい。お陰で、この夏はかなりの収入があった。

 聞けば諒介もこれから駅に向かうという。俺のバイト先も駅前だ。そんなわけで、なんとなく連れだって歩き出した。

「そういや、今週末は青陵祭だって。お前、知ってたか?」

 妙に洒落込んでいるが、なにか意味があるのだろうか。コイツの趣味は合コンのセッティング、またそっち方面に熱を上げているのかも知れない。適当にオイシイ場面もあるらしいが、俺にはまったく興味のない分野だ。

「ああ、一応な。こないだ、千花がポスターを貼ってくれと持ってきた」

 思い返せば、あれは九月の一日だった。そう、お決まりのあの日。

 昨日までの大嵐が嘘のように晴れ渡った空の下、彼女は俺のバイト先のスポーツジムに飛び込んできた。

「やっほーっ、勲くん! これ、掲示スペースに貼ってください。それから、私と付き合ってください!」

 はちきれんばかりの笑顔で叫ばれて、俺はもう少しで受付の椅子からずり落ちそうになった。となりに座っている社員のお姉さんが笑いをかみ殺している。もちろん、ホールにいた会員その他の人たちも一斉にこちらを見ていた。

「はい、……では、お預かりします」

 あの場面で冷静さを保つことができた自分が本当に偉いと思う。俺は体勢を立て直すと、事務的な受け答えをした。

「え、……あっのーっ……」

「他に、なにかご用がおありですか? 入会ご希望でしたら、こちらの用紙に必要事項をご記入ください」

 少し冷たすぎるかなとは思った。だが、こっちは仕事中なんだ、しかも「ついで」のように付け足すとは弛みすぎである。

 今日はコイツが勝手に決めた、月に一度の「告白の日」。しかも記念すべき百五十回目なんだぞ、もう少し趣向を凝らしてもいいじゃないか。

「い、勲くん。そのっ、返事は?」

「こちらのポスターはあとで貼っておきます。それでよろしいですね?」

 あとから聞いた話によると、勢いでゴーサインをもらう作戦だったというから呆れてものが言えない。そりゃ、回数を重ねに重ねてくれば持ち駒もなくなって苦しくなると思うが、ついではよくない、ついでは。

 仕事場であんなことをするのは二度とやめろと釘を刺したから、今後はたぶん大丈夫だろう。

「な~んだ、もう知ってたのか。それで、もちろん行くんだろ?」

 俺が半月前の恥ずかしさを思い出して身を震わせていると、諒介はあっさりとした感じで聞いてくる。

「はぁ? なんで、そんなたるい場所。それにその日はバイトだし」

「どうせ、シフトは夕方からなんだろ? だったら、ちょっと顔出してやれよ」

 諒介はニヤニヤ笑いながら、俺の顔を覗き込む。

「千花のクラス、喫茶店をやるんだって。一年のくせに生意気だよな~……って、それはいいとして、とにかく行ってやれよ。あいつ、この頃毎晩のように夜遅くまで縫い物してるんだぞ。なんでも、当日の衣装を自分で作るんだと」

「衣装? なんだよそれ」

 演劇とかならまだわかる、どうして喫茶店で特別な衣装が必要なんだ。

「う~ん、よくわからないけどな。あれじゃないか、今流行のメイド~とか執事~とか。客寄せにはもってこいだと思うしー」

「メ、メイド!?」

「いや、もしかしたら、もっとすごいのかも知れねえ。あいつ、いくら聞いてもまったく教えてくれなくて、だから逆に気になってるんだ~」

 当日、諒介はバイトが入っていて偵察に行けないのだという。ものすごく残念そうだ。

「別に本人が話したくないならいいだろ? 俺だって、興味も関心もないね」

「ふ~ん、冷たい奴だな。知らねえぞ、バニーガールとかやってたって。あいつなら、調子に乗ってやりかねん」

 別にそんな話を真に受けたわけではない。だが、千花は諒介の妹だ。幼なじみの妹だから、俺にとっても妹同然の存在と言っていいだろう。

 そいつが人の道を外れるようなことをしようとしてるなら、全力で阻止しなければならない。なにしろ、常識が常識として通用しないような困った奴なのだから。


「えーと、一年C組は……」

 門を入ると、それなりの賑わいだった。

 受付で受け取ったパンフレットを開き、俺は千花のクラスを確認する。毎年のことながら、喫茶関係は調理室に近い二階の三年教室を使うことになっていた。

 去年は俺のクラスも「パラダイスカフェ」とかいう、よくわからない趣向の店をやったのである。女子がフラダンスを踊り男子が腰みのをまとった原住民の格好をするという、とんでもない趣味の悪さだった。

 ……それは、ともかくとして。

「えっ、……ホラー喫茶っ!?」

 俺はぎょっとして、その文字をもう一度確認した。でも間違いない、確かにホラーと書いてある。少し季節が早すぎるが、かぼちゃのランタンとコウモリの絵までが添えてあった。

「ホラー……、ホーンテッドマンションみたいな感じなのか?」

 首をひねりつつも、昇降口でスリッパに履き替えて現場へと急ぐ。途中、いろんなクラスの客引きにあったが、それはすべて振り切った。

「ホラー喫茶」は一番奥のA組教室に割り当てられている。人波をかき分けつつ恐る恐るそこに近づいていくと、教室は外側から暗幕ですっぽり覆われていた。

「いらっしゃいませ~!」

 でも、受付の女子はまあまあ普通だ。黒いワンピースにとんがり帽子で、とりあえずは「魔女っ子」というつもりなのだろうか。これなら、十分見られる範囲だ。

「何名様でしょうか、お席にご案内します~!」

「あ、今はいいです」

 軽く断って、俺は教室内を見渡す。いったい、千花はどこにいるのだろう。フランケンや吸血鬼、白い着物のお岩さんもどきもいるが、あいつの姿は見あたらない。もしかしたら、休憩中なのだろうか。

 ならば仕方ない、あとでもう一度来るか。

 このまま帰ってもいいかなとも考えた。諒介が心配するようなことはなにもない、ごくごく普通レベルの喫茶店だ。化け物に囲まれて食欲が湧くかどうかは別として、内装も凝っていて良くできている。

 とか先輩面したことを思いつつ、俺は教室をあとにした。そして、しばらく歩いてから気がつく。

 ぱたぱたぱた。

 俺の歩みにあわせて、後ろからもうひとつの足音がついてきている。そう思うのだが、振り向くと誰もいない。仕方なくまた歩き出すのだが、すると先ほどの足音が再び聞こえてくる。

「――おいっ!」

 渡り通路を曲がったところで、とうとう我慢できなくなった。もう一度、勢いよく振り返る。すると、そこには――

「……は?」

 ちびっ子たちにポカスカ殴られている、可哀想なオバQが立っていた。短い手をぱたぱたしているのだが、なんとも残念な感じである。

 しかし、この身長にこの動作。……たぶん、間違いない。

「もしかして、千花?」

 俺はオバQの布を上に引っ張った。その下からは、制服姿の千花が現れる。当然のことながら、とてもバツの悪そうな顔をしていた。

「お前、なにやってんだ?」

「オバケ」

 まあ、バニーガールよりは百倍マシである。しかも衣装作りも一番簡単そうではあった。

「だ、だって……最初に作った魔女の服、試着したらボタンが全然しまらなかったんだもん。だから、そのあと急いでこれを作ったんだ。でもね、手が短すぎてホール仕事は無理で、調理係も間に合ってるからと追い返されて、それで客引き係に回された」

 すっかり子供たちのおもちゃにされているらしい、髪もずいぶんと乱れている。

「ふ、ふーん……そうか」

「来なくて良かったのに、勲くんの意地悪!」

 それだけ言うと、千花は白い袋を頭から被り直し、本来の任務に戻った。

 子供たちに囲まれながらぱたぱたと去っていくその後ろ姿を、こっそりと写メったのは言うまでもない。

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