表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

第6話 闘技場の勝敗と、本当の敵

学院闘技場は、学舎の反対側に位置している。


一般的な見学ルート――学舎、図書館、倉庫、活動センター――

その順に進めば、最後に辿り着くのが、この建物だ。


意図的に動線の終点に配置されたそれは、

大理石とトラバーチンで構築された、巨大な楕円形の闘技場だった。


もっとも、内部の素材には魔導石が混ぜ込まれている。

そうでなければ、本物の実戦魔法など到底耐えられるはずがない。


四階層分の高さを誇る純白の外壁は、まるで断崖のようだ。

威圧感と荘厳さを併せ持ち、拱門の前に立つだけで思わず息を呑む。


内部へ足を踏み入れた瞬間、耳に届いたのは単なる喧騒ではなかった。

低く唸るような――雷鳴に似た音の奔流。


視界いっぱいに広がる円形の観客席は、すでに人で埋め尽くされている。


今日は――

パチシンル・ドナグ対、二年生の「決闘狂」

グレイン・バルシュの決闘日だ。


この話題は、数日前から学院中に広まっていた。


単なる野次馬だけではない。

多くの者が、この決闘を目撃するために集まっている。


――魔力ランクFと表記された、一年生。


決闘前日、挑戦状を受け取ったその夜。

ドナグは放課後、校庭で自身の魔力を解放し、調整を行ったという。


その魔力波動は学院全体にまで及び、

複数の教師が異変を察知して様子を見に来たほどだった。


――誰も理解できなかった。

ランクFの生徒が、どうしてあのレベルの魔力を放てるのか。


俺は入口付近の、目立たない席に腰を下ろした。


同じクラスの連中も、学生会のシュト先輩も、少し離れた観客席にいる。

だが、こちらには気づいていないようだった。


それでいい。


決闘開始まで、残り十分もない。


ドナグはすでに場外に立っていた。

その表情は、普段よりも明らかに硬い。


これだけの観衆の前で決闘を行うのだ。

緊張しないほうがおかしい。


観戦しているだけの俺でさえ、空気の張り詰め方を感じ取れる。


一方、グレイン・バルシュは余裕そのものだった。

最初から勝利を確信しているかのような態度。


背後の観客席では、取り巻きたちが大声で声援を送っている。

その声は、闘技場内にまで響いていた。


……恥ずかしくないのだろうか。


だが、当の本人はまんざらでもない様子だった。


「来い!」


バルシュが高らかに叫ぶ。


「今年の一年生は面白い奴が多いって聞いたぜ。

 見せてみろよ、Fランク!」


言い終わるより早く、矢のような魔法がドナグの頬をかすめた。


「――っ!?」


「挨拶代わりだ!

『気流を線と成し、標的へ導け』――風利矢!」


次々と放たれる風の矢。


だが、ドナグは地面から噴き上がる火柱を一つ立てるだけで、

すべてを飲み込んでみせた。


「地火か……なら、これはどうだ!」


バルシュの手元に風が集束する。

加速魔法を用いて一気に距離を詰め、その掌で風を圧縮する。


「『循環せよ、圧縮せよ。無秩序を中心へ導き、回転を衝撃へ』――風嵐球!」


爆音。

闘技場を煙が覆い尽くす。


加速で接近し、至近距離から高圧魔法を叩き込む。

反応が一瞬でも遅れれば、防ぐことは不可能に近い。


――だが。


煙が晴れる。


そこに立っていたのは、額にかすり傷を負ったドナグと――

腕から血を流し、悲鳴を上げるバルシュだった。


「な……っ、あああああ!」


ドナグの掌に、赤い魔法陣が浮かび上がる。


「『熱を集束し、爆ぜよ』――火花爆裂。」


なるほど。


風嵐球が命中する瞬間、

ドナグは片手で正面から受け止め、同時に掌で爆発を起こしたのだ。


一点集中の圧縮魔法に、範囲爆発の火属性。

さらに魔力量の差もある。


結果は、最初から決まっていた。


「やるじゃねえか……だが、次はどうだ!」


闘技場の周囲に、無数の緑色の魔法陣が展開される。


「『気流を刃と成し、標的を斬れ』――風切!」


無数の風刃が、ドナグを包囲する。


一見すると広範囲攻撃。

だが実態は、風切を分散配置しただけのもの。


間隔も広く、本来なら回避は容易なはず――


……はずだった。


しかし、ドナグは動かない。


「ははは! 避けるつもりだったか?」


「罠にかかったな!攻撃に風縛を混ぜてある!」


旋回する気流が四肢を絡め取り、動きを封じる。


風縛。

命中すれば、行動を完全に制限する魔法。


「攻撃は囮だ!風縛を確実に当てるためのな!」


一方的な展開になると思われた戦いは、

いつの間にか技術と戦術のぶつかり合いへと変わっていた。


――これが、年級差による実戦経験というものか。


「……くそっ」


拘束されたまま、ドナグは風利矢と風切を受け続ける。

それでも、詠唱を止めなかった。


次の瞬間。


闘技場中央に、巨大な赤い魔法陣が展開される。


地面が赤く染まり、ひび割れ、

地下から灼熱の炎が噴き上がった。


「『地層を固定し、残留熱を燃焼せよ』――熔燃地帯!」


地形すら変える、場地型魔法。


闘技場が魔導石で造られていなければ、

建物ごと崩壊していただろう。


この規模を前に、バルシュは風縛を解除せざるを得ない。


「読めてたぜ!じゃあ、これはどうだ!」


彼は金色の指輪を取り出す。

中央の紅玉が、灯りを反射して輝いた。


「風切乱舞!」


――何も起こらない。


ドナグとバルシュ、双方が困惑の表情を浮かべた。


風切乱舞は高位の複合魔法だ。

それを無詠唱で使おうとするなど、無茶にもほどがある。


例えるなら、高校生がいきなり高等微積分を解こうとするようなものだ。


「な、なら、こっちは!」


今度は紫色の指輪。


「魔力無効!」


――それでも、何も起きない。


「そんな……どうして……!」


バルシュは指輪を叩くが、反応はない。


その指輪が何であるか――

もはや説明するまでもない。


「ああ……ああああああああ!!」


拠り所を失ったバルシュは、

熔燃地帯に飲み込まれ、悲鳴を上げる。


教師が介入し、ドナグが攻撃を止めたことで、ようやく戦いは終わった。


「勝者――パチシンル・ドナグ!」


宣告の声が響く。


俺は、静かに闘技場を後にした。


観客席には、まだ興奮の残滓が渦巻いている。


勝敗は決した。

だが、事態は終わっていない。


通路で、見覚えのある人物と目が合った。


「よう、シュト先輩。」


彼は試合後とは思えない、険しい表情をしていた。


「聞きたいのはこっちだ。」

目を細めて言う。

「お前、何をした?」


情報部の勘は鋭い。


なぜ決闘が起きたのか。

なぜ指輪が使われたのか。

なぜ、それが機能しなかったのか。


「答えを知りたいなら――」


俺は歩き出す。


「ついてきてください。」


彼は無言で、後を追ってきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ