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一人一つの原則

作者: ウォーカー

 人間が自動車を走らせ、宇宙にロケットを飛ばし、

とうとう核融合炉を実用化させてから幾星霜。

地球上には今、人間と獣人という二種類の人が生活していた。


 獣人というのは、人間と動物の特徴を併せ持った種族のこと。

とはいえ、外見上は人間とほとんど変わらない。

直立二足歩行、言葉は人間の言葉を話し、服を着て生活している。

違うところといえば、体毛が多いとか、牙が生えているとか、

耳が違うとか、顔には特に種族の特徴を色濃く残している。

例えば犬人いぬびとは、

体は体毛が多いが人間の体とほぼ同じ、

顔は犬と非常によく似た構造をしている。

このように、今の地球上には、

犬人いぬびと猫人ねこびと兎人うさぎびと狼人おおかみびと、それと人間。

人間と4種類の獣人が存在していた。


 人間と4種類の獣人。

この5者は、交わり合うことがほとんど無い。

お互いに別々の場所に国を作って暮らしている。

では獣人はどのようにして生まれたのだろう。

それは記録に残っていないのでわからない。

一説によれば、人間が人工的に生み出した種だとも言われている。

しかし今では、過去の記録も技術も、

戦争や災害で多くが失われてしまい、真相は闇の中。

人間同士の戦争は止められなかったが、せめて獣人とは争わずにいよう。

そうして今のように種族別に国を作って棲み分けするようになった。


 獣人たちは、外見こそ人間に似ているが、中身はかなり違う。

犬人は主人に忠実、猫人は可愛らしく、兎人は愛情に満ちていて、狼人は孤高。

その中で人間だけが、

旧文明の技術や情報を受け継いで使いこなすことができる知恵を持っていた。

人間には、人工食料と飲料水の製造方法と、一人一つの原則と言われるもの、

それらを続けていくようにという教えが遺されていた。

今では、人間が作った人工食料と飲料水を、

獣人の各国に平等に分配するようにしていた。

分配量は、人間の国と獣人たちの国の代表同士の話し合いで決定される。

しかし、この平等というのが、問題を引き起こしていた。


 今、この地球上には、狩りをして食料にできるような動物は存在しない。

全ての動物は獣人に集約されてしまった。

そして食料や飲料水を作り出す術を持っているのは人間だけ。

人間はその知恵を独占している。

そうでなくとも人工食料と飲料水には数に限りがある。

自然の水は今や飲料水には適さない。

だから食料の分配を決めるのには何らかの基準が必要になる。

猫人は可愛いから食料を多めにあげよう、というわけにはいかない。

今や猫人は人として人間と対等なのだから。それは他の獣人も同じ。

だから人間と4獣人たちの代表者が集まり会議を開き、

食料と飲料水の分配方法が5国でなるべく平等になるように決められた。

それは、一人一つの原則、と呼ばれた。

人間に古くから伝えられてきた教えである、あれだ。

人間でも犬人でも猫人でも兎人でも狼人でも、

与えられる人工食料と飲料水は、一食につき一人一つ。

今、地球上に残されている資源は多くはない。

これが用意できる精一杯の食料と飲料水、その分け方だった。


 一人一つの原則。

それは当たり前の分け方のように思われた。

数が限られているのだから、一人一つずつなのは当然。

しかしこれは、受け取る側の個性を考慮していないものだと批判された。

例えば狼人は大柄で食べる量も多い。

そんな狼人に与えられる食料が、

小柄な兎人などと同じでは合わないというのだ。

狼人は言う。

「これは我々に対する飢餓政策だ!

 現に、一人一つの原則が始まってから、

 我々狼人の殆どは飢餓に直面している。

 中には治療を必要とする者までいる状態だ。

 我々狼人は、一人一つの原則に反対する!」

「では、どうやって食料や水を配分すれば良いというのだ?」

「それをこれから話し合いで決めようと言うのだ。」

実際に被害者が出ていると言われては返す言葉がない。

しかたがなく、教えに反して、

人間は一人一つの原則を取り下げることとした。

代わりに提案されたのが、重量分配の原則だった。


 重量分配の原則。

狼人が主張したのは、体重に応じて食料や飲料水を分配する方法だった。

このやり方なら、体格に応じた食料が分配されると期待された。

しかし実際にやってみると、これがまた問題を抱えていることがわかった。

例えば猫人や狼人などは、体に対する体毛の量が非常に多い。

また狼人は大きくて重い牙が生えているので、

体重に占める体以外の部分が重くなってしまう。

重量配分の原則に従って食料と飲料水を分配すると、

体に付属物の少ない人間や兎人などの分配量が少なくなり飢えてしまう。

今度は人間と兎人から不満の声が出た。

「重量分配の原則は、体毛や牙が多い猫人や狼人を優遇するものだ。

 これでは平等とは言えない。」

こうして重量配分の原則は廃案となった。

代わりに、その都度、話し合いによって分配量が決められるようになった。


 話し合いによって食料や飲料水の分配量が決められる。

これは交渉の原則と呼ばれた。

交渉の原則であれば、誰もが必要な分だけを確保できると思われた。

しかし実際に話し合ってみると、交渉にも上手下手があるのがわかった。

例えば猫人などは、その外見の愛くるしさもあって、

常に話し合いでは有利に交渉を進めていた。

また知恵に優れた人間も、交渉を有利に進める側だった。

ここではまた、狼人が不利な状況に立たされた。

狼人は孤高で口数が少ない。種族内での交渉は実力で決められる。

だから話し合いでの対外交渉は得意ではなく、

結果として返って食料や飲料水が足りない状態となった。

これでは不平等は解消できない。

こうして交渉の原則もまた廃案となった。

次に口を開いたのは、兎人だった。

「みんな、そんなに急いで奪い合いしなければいいんだよ。」

兎人から提案されたのは、都度消費の原則と呼ばれた。


 都度消費の原則とは、食料や飲料水を事前に分配せず、

必要になってから必要になった分だけを分配する、というものだった。

しかしそれは、試すまでもなく、欠陥があることは明らかだった。

空腹になってから食料を要求しても、輸送に日数がかかってしまう。

都度消費の原則が成立するのは、

食料が必要になってからすぐに手に入る人間の国と、

後は少食な兎人の国くらいなもの。

「我々に飢えて死ねというのか!」

狼人などはそう吠えて机を叩く有り様だった。

都度消費の原則は試すまでもなく廃案。

しかしその過程で、意図せず重大な事実を暴いてしまった。

この世界の人たちが飢えているのは、食料の輸送に時間がかかるからではない。

この世界には、そもそも食料も飲料水も足りないのだということを。


 都度消費の原則は、重大な事実を明らかにした。

食料や飲料水を、誰もがお腹いっぱいになるまで分配するには、

その数が足りないことが明らかになった。

これは即ち、世界で常に誰かが飢えや渇きに苦しまなければならない、

ということを意味していた。

今ある工場だけでは足りないのは確かだ。

常に飢餓や渇きに苦しんでいた狼人などは、今にも牙を剥きそうだ。

食料と飲料水を増やす方策を練らねばならない。

そこで人間たちは、忠実である犬人たちに、

人工食料と飲料水の作り方を伝えることにした。

人間たちは今まで、自分たちの優位を守るため、

また実際に獣人には知識も技術も不足していたため、

人工食料と飲料水の作り方を教えてこなかった。

それが先人たちからの教えでもあった。

だがそれが、食料と飲料水が不足する原因の一つでもあった。

だから、それを解消するために、

比較的手先が器用で、何より従順な犬人に、

人工食料と飲料水の製造方法という重要な技術を伝えることにした。

人間たちの支援を得て、犬人の国に工場が作られた。

この工場で生産される人工食料と飲料水を含めれば、

一人一つの原則でやっていくことができるし、

ゆくゆくはより豊かで平等な重量配分の原則も実現できる。

そのはずだった。


 今まで人工食料と飲料水の生産は人間が独占していた。

それでは数が不足してしまうため、犬人の国にも工場を作った。

これで食料も飲料水も足りるようになることが期待された。

しかし、人間と4獣人たちとの間では、期待するものが異なっていた。

猫人は基本的に怠け者で、食料と飲料水が手に入れば何でもよかった。

兎人は少食で、今の状態でもそんなに不自由はしていなかった。

犬人は、働くことで褒めてもらうことが何よりも嬉しくて、

しかしその褒めてくれる相手は誰でもよかった。

そして狼人は、より多くの食料を求めていた。

元より狼人は、狼の特徴を色濃く継いでいる。

狼は狩りをする生き物だ。

実は今までも狼人は狩りをしようと思ったこともあった。

しかしそうすれば、一時的に食料を得られても、

いずれは他種族からの反抗で食料や飲料水が不足してしまう。

だから大人しくしていた。

しかし今、人間たちの手によって、人工食料と飲料水の供給元が増えた。

その結果、狼人は檻から解き放たれた獣となった。


 狼人がまず襲ったのは人間だった。

人間は獣人と違い、生身で戦う能力をほとんど持たない。

過去の戦争以降、武器も手放してしまっている。

狼人たちは人間の国に侵攻すると、迷いなく人間を襲った。

「何をする!」

「相互不干渉の原則を忘れたのか!?」

人間たちは反撃することもできず、狼人たちに食べられてしまった。

久しぶりに飢えから満たされて、狼人たちは歓喜の雄叫びを上げていた。

しかし、その後のことを考えていなかった。


 狼人たちが人間たちを食べてしまった。

その狼藉は、獣人たちの国の代表者の会合で厳しく追求された。

「どうして人間を殺した!?」

「過去の技術を読み解けるのは、人間たちだけだったんだぞ!」

しかしやってしまったものはしかたがない。

人間の国には今や、人間の屍と、人工食料と飲料水の工場しか残されていない。

残された獣人たちは考えた。

そして、役割分担をすることにした。

まずは犬人たちは、人間から伝えられた人工食料と飲料水の工場を稼働させる。

そして兎人たちは、そのやり方を真似て人間の国に残された工場を稼働させる。

これには人間から犬人たちに伝えられていた情報が役に立った。

狼人たちは、人間に代わり犬人たちの主人となり、

犬人たちに働く意欲を与える役割を負うことになった。

残った猫人は、他の獣人たちを癒やす役割を与えられた。

こうして、人間を失った世界は、再び動き始めた。

今やもう地球は人間のものではなくなった。


 地球が獣人たちだけの世界になって、物事は順調に進んでいた。

人工食料と飲料水の生産工場は問題なく稼働し、

人間という食い扶持が減った分、獣人たちは食料に困らなくなった。

しかし、それも暫くの間だけ。

工場は使っていれば壊れもするし、保守が必要になってくる。

兎人や犬人たちは必死になって人間の残した文献を読み解こうとしたが、

兎や犬が混じった獣人の知能は人間より劣るので、それはできなかった。

その結果、また飢餓の恐怖が忍び寄ってきた。

今ある工場だけでは、獣人たち全員の飢えを満たすことはできない。

それどころか、工場が壊れたりすれば、状況は悪化する。

飢餓の恐怖に耐えられなかったのは、やはり狼人たちだった。


 ある日、狼人たちは、猫人の国を襲った。

「こいつらは愛嬌を振りまくだけで、何もしていない!」

それが狼人が猫人を襲った理由だった。

緩慢な飢えに常に苦しんでいた狼人たちは、

猫人たちを容赦なく襲った。

襲い、噛みつき、喰らい、食い千切っていく。

猫人たちは狩りが得意な方とはいえ、狼族には敵わない。

猫人たちは狼人の食料にされ、あっという間に滅ぼされてしまった。


 今や、地球上に残るのは、狼人たちと兎人たちと犬人たちの国だけ。

兎人たちと犬人たちは、人工食料と飲料水を作る工場を稼働させるだけの、

いわば奴隷として生かされていた。

食糧生産に不必要と判断されれば、即座に狼人に食べられてしまう。

そしてまた、狼人たちの食欲も制御不能な状態になっていた。

「お前!作業が遅いぞ!」

ある兎人は、そう判断されて狼人の食料にされた。

そうして狼人たちは何かと理由をつけては、

兎人と犬人を食べて食欲を満たしていた。

そうして気が付いた時には、世界には狼人しか残っていなかった。

狼人たちには、人工食料と飲料水の製造工場を動かすこともできない。

狼人たちはすぐに飢えることになり、とうとう共食いを始めてしまった。

共食いを続けて、最後の一人になった狼人は、

正真正銘、食べ物も飲み物も失って地面に倒れ込んだ。

空に向かって手を伸ばす。

「一人一つ・・・それだけでいい。食料をくれ・・・」

しかしその手は何も掴むことができないまま、事切れてしまった。

一人一つの原則、それがいかに大切だったか。

それを実感するにはもう手遅れだった。



 画面スクリーンはその画像で止まっていた。

部屋の窓を覆っていた暗幕が開けられ、会議室は元の明るさに戻された。

会議室にいるのは、人間と、犬人、猫人、兎人、狼人、それぞれの代表者たち。

スピーカーから声が聞こえる。

「このように、一人一つの原則を守らなかった場合、

 破滅的な結果がもたらされることが108種類のAIによる一致した予測です。」

会議室の中がにわかにざわついた。

そして、最初に挙手をしたのは狼人の代表者だった。

「我々、狼人は、一人一つの原則を支持する。

 AIにより我々の罪を予言されては、条件を飲む他無い。」

すると、犬人の代表者が挙手して発言した。

「狼人が一人一つの原則を支持したことを喜ばしく思う。

 私たち犬人も、同じ意見だ。

 ただし、提案がある。

 人工食料と飲料水の工場の増設については、実際に進めて欲しい。」

兎人の代表者が言う。

「私たち兎人は今の食料でも十分だが、

 特に狼人などには多大な負担をかけている。

 食料を増やすのは必要なことだと思う。」

額に手を挙げて、猫人の代表者が口を開いた。

「人工食料と飲料水の工場については、うちら猫人も受け入れよう。

 AIにただの怠け者などと言われては黙ってはいられないからな。」

人間の代表者が、全員を見渡して言う。

「では、人工食料と飲料水の生産工場は、

 4獣人の国にもそれぞれ作ることとしよう。

 そして、作った食料は、同じ分量にして、各国に分配される。

 数はもちろん、一人一つ。

 そうすれば、各々の国の食料の生産数に関わらず、

 一人一つの原則は守られる。

 いずれ工場での人工食料や飲料水の生産量が増えれば、

 大食いの狼人や人間も空腹にならずに済む量が作れるだろう。」

4獣人の代表者、それと人間の代表者たちは拍手で会議の結果を称賛した。

一人一つの原則は、その一つが小さすぎる、

足りない場合に争い合いの元になるのだ。

だったら、一つの大きさを大きくすれば良い。

そうすれば、誰しもが飢えから逃れられる。

人間と4獣人たちは、今度こそ共存するべく、

まずは食糧生産から協力して生きていくのだった。



終わり。


 平等とは何か。それを考えるため、この話を考えてみました。


 物を平等に多人数に配るのは、思ったよりも難しい。

食べ物であれば体格が影響するでしょうし、他の物も同様です。

では、どのような配り方なら平等に近付けるのか。

その結果、考えたのが、一人一つの原則です。


人間と犬人、猫人、兎人、狼人とでは、食べる量が違います。

食の細い種族から他の種族へ食料を移して調整するのは、

一見良い解決法のようで、実は一種の搾取になってしまいます。

だから一人一つの原則では、最も多く食べる人に合わせるのが目標です。

それができず飢える人が出ても、一人一つは守らなければならない。

そうでなければ、常に搾取が発生してしまうからです。


今回は食料というわかりやすい例にしましたが、

わかりにくい搾取は今も現実世界で続いています。

救済とか、支援とかが、その例でしょうか。


お読み頂きありがとうございました。


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