その2
オーロカルノは今、反乱軍と戦闘中の独立国家フリーチョスイ国の王配として激戦区にいる(面積としては日本の香川県くらいで、人口は3万人くらいだ)。
元々、大国の植民地とされていた自然豊かな島だ。
フリーチョスイ国が独立し栄えてきた今、再び手元に戻したい大国ズーズーシー共和国は、軍隊を派遣し支配を目論んでいた。 勿論、表向きは反乱軍の名の下にして。
ズーズーシー共和国は悪い風評を流して、フリーチョスイ現国政府を批判した。 正しいのは反乱軍で、その手助けをする為に援助をしていると。
各国もズーズーシー共和国のことは解っているが、下手に大国なので手出しが出来ずにいた。
膠着状態の戦禍の中、王配として公爵令嬢サドナにコテンパンにされたオーロカルノが、2ヶ月前にここに来た。 薬事大国ローズウィップ国の第一王子がである。
ローズウィップ国の王子が王配として嫁いだ為、現在は国を挙げて祝う必要があるとの理由で、現在休戦中である。 反乱軍も、拠点としている首都レッドジュエルまで後退した。
(休戦の理由は、サドナがでっちあげて納得させたようだ)
各国の首脳陣は訝しんだ。
フリーチョスイ国の簒奪に、名乗りを挙げるのではないかと。
薬事での経済大国に参入されては、ますます戦禍は長引いてしまうだろう。 下手を打てば世界戦争である。
様子を伺う周辺国は、戦々恐々であった。
そんな沈黙を破り、国際会議でローズウィップ国の臨時首席外交官『サドナ』(言わずと知れたオーロカルノの元婚約者)は宣言した。
「我が国の王子が王配を賜ったフリーチョスイ国が、大変な被害を受けています。 各国が心配をされているのは承知の上ですが、ここは一先ずその国に任せて、我々は手を引こうではありませんか?」
「それはどのような意味ですか?」
様々な議論があがるが、ここでは肝の部分を紹介していきます。
「簡単に言うと、一切の手を引くと言うことです。 皆さん懸念されてるように、軍備の投入をするのは泥沼となります。 今後は最低限の上空からの食料援助以外は、全て禁止の約束をしていただきたいのです。 勿論フリーチョスイには我が国の王子が嫁ぎ、とても心配しております。 ですから今後は、出来るだけの話し合いの機会を持ち、平和を目指していきたいと言うオーロカルノを信じて協力していただけませんか?」
「要するに?」
「黙って傍観と言うことですわね。 まあ、今までと大差ありませんでしょ? これから協定書を回します。 是非ご署名ください」
「この署名に記載しなければ、どうなりますか?」
「そうですねえ。 特に罰則と言うものはないですが、我が国の薬事や医療を親族ごと受けられなくする程度です。 ここで御署名いただけない時は、国ごとですわね。 ええ、ええ、無理強いなんてしませんよ。 あくまでも任意、ご協力のご提案ですもの。 御署名されても守られなければ同じですし。 良いんです、良いんです。 薬も医療も、我が国だけじゃないですから。 但し、今決めて下さい。 個人で違えるのは自由ですが、国がどう決めたかの証拠にはなりますから」
貴族令嬢として培ったアルカイックスマイルで、丁寧ながらも威圧をかける。
「そうそう。 言い忘れましたが、薬等をお渡しするのは署名をいただいた国が優先になりますわ。 だってねえ、我が国の王子の命運がかかっておりますので、そのくらいわね。 おわかりでしょ? ああ、後は僭越ながら食料物資の提供は、我が国のみフリーチョスイへ一括で届けますわ。 反乱軍への食糧提供は御自由に。 私達は、王子の国を守るのみですから」
言外に、反乱軍への食糧や武器提供は、ローズウィップ国を敵にすると言うことになるだろう。 多分偽装してもバレること請け合いである。
この国際会議で、ズーズーシー共和国とコシギンチャーク国、カザミドーリ国は署名しなかった。
ズーズーシー共和国、ワルイワーネ首相は思った。
『何だかんだ言っても、国土を占拠すれば勝ちなんだよ。 女なんか会議に出してる甘ちゃん国が! 俺が世界の支配者になった時は、精々搾り取ってやるからな』と。
ワルイワーネは知らなかった。
甘ちゃんどころか、ローズウィップ国で一番苛烈な女を相手にしていることを。
まずサドナは、島国フリーチョスイ国の12海里(約22km)沖に魔道具で赤い印を付け、海からの船舶の入港を止めた。 船舶と言うも、許可のない船(潜水艦、客船含む)や人、動物等、一度警告し聞かないものは、痕跡が残らないように燃える魔道具をし掛けていた。 証拠隠滅である。
そして上空からの敵が潜入できないように、ジャミング装置を、魔道具で強力に展開。 許可された飛行機以外は、妨害除去装置がないことで上空を飛行できなくなった(ジャミングは個々で違う為、妨害除去装置は該当する物でなければ役に立たない)。
フリーチョスイ国より、ジャミング装置使用前に『我が小国を守る為だ』と事前に海空の魔道具使用の宣言はされていた。 国際会議に出られる状況ではないので、宣言を伝えると正式文書で。
反発はあったが、戦時であり防衛の為の苦肉の策ならば、強い姿勢は取れない。
その時点から、(フリーチョスイ国)上空の全ての権利はフリーチョスイ国が掌握した。
利用して航空事故になっても、責任を負わないことも続けた。
こちらも戦時のことなので指示に従い、他の諸国は見守る姿勢を見せた。
そうは言っても、ズーズーシー共和国は従わなかった。
潜水艦で近接したり、ステルス機を飛ばせたりと。
勿論、潜水艦は消失し、ステルス機はその空間を飛べず旋回した。 これにより、地上部隊しか動かせないことが決定したのだ。
今後の全面的な協力を約束したローズウィップ国からの第一の指示は、①フリーチョスイ国の資産を全て、ローズウィップ国へ送金すること。
理由としては、電子機器(パソコン、スマホ、電波時計等)の使用を止めて、敵に所在を探られないようにする為。 逆の意味ではジャミングをその周波で流せば、相手もこちらへの介入は不可となり、こちらに近づく程機器も壊れるようになると。
資金がズーズーシー国に奪われる前に、ローズウィップ国に預け先を変更し、見返りにたゆまぬ援助を約束した。
※フリーチョスイ国は気づかないが、ローズウィップ国の最先端の技術提供は各国が垂涎して欲しいものだ。 とてもではないが、フリーチョスイの全資金を渡しても不足としかいえない。
完全に身銭を切るローズウィップ国なのだが……………
②首都は捨て、山生活に切り替える。
電子機器が使用できないことで、農耕と狩猟と漁業生活が中心となる。
山の麓に一時的に平地を設置し、病院を建設。
重体や動かせない病人を搬送。
出産や乳幼児が生活できるスペースを作成する。
そこで勤務する人員は確保する。 なるべく若い人は避け、年配者にお願いすること。
病院に関わる物は、全てローズウィップ国が提供する。
病院の平地部分のみ魔道具でジャミング解除し、ステルス魔法で所在隠蔽する。
建物は3Dプリンターで作成。 魔道具で強度を上げる。
そして動かせない重症者以外は、基本自然との共存である。
これから5年の間に必ず終戦とする為、ローズウィップ国は全力を尽くす。 だからフリーチョスイ国も、戦って欲しい。
ただ戦うと言っても、反乱軍と戦うことではない。
5年目を目指して、この国を改良することである。
極力敵とは戦わない。
行動は10人単位で行い、護身術も学んでもらう。
最悪は魔道具で交戦。 但し数に限度があるので、無闇に使わないこと。
護身用に人を送るので、5日で習得すること。
出来る限りの物は、3Dプリンターで作成すること。
補強素材は、別途発送。
出来る限り、自然に還せる素材を使用すること。
③農耕作業、狩猟、漁業に別れ、出来る限り素材を確保すること。
食糧物資の提供・生理用品の提供・衣料品の提供については、出来る限り提供するが、今後はなるべく自国で生産へ切り替えて欲しい。
世界情勢が変化する可能性もある為。
日中は大人子供含め、勤労の義務を課する。
医療品は可能な限り提供する。
病院で使用する電力も提供は惜しまない。
ただ、個人的に無断使用等すれば、生死は保証しない。
あくまでも援助と言うことを忘れぬように。
植物の種・飼料は、1年時のみ支給、2年目は本を参考に草で飼料を作る。
狩猟の道具は、護身術講師に学ぶように。
海の漁は、釣竿・タモ・網等を使用する。
養殖する際は計画書を作成し、合格点がでれば物資の支給をする。
④住居は木を斬り倒し、作成する。
建築士・設計士・左官等・人材を用いて、可能な限り大きな建物を建てる。
重機類は送れないので、スコップ・のこぎり・すのこ等等、昔風に建築する。
⑤水道も使えないから、サバイバルセットで海水をろ過する道具で適応させる。
入浴は温泉を見つけ、掘って欲しい。
ダウジング装置を送るので、つるはしで頑張って。
「最後に上空から、敵がいる部分とこちらが別れるように、魔道具で高圧電流を流し分断した。 絶縁体くらいでは効かない程の強い物なので、戦車だとしても越えるのは困難だ。 だが、こちらも魔道具や魔法を使っているように、相手も道具や魔術を使える者もいるだろうう。 だから、極力近づかないように。 反乱軍のいる居住区に行きたいのは解るが、5年は近づかないように。
私達はあなた達に生きて欲しい。
だから、戦わずに相手を弱らせることを念頭に置いて欲しい。
相手側の上空も、海も、こちらのように海里制限したり、ジャミングはしていないので、逃げることは出来る。
こちらが仲良く生活し、良い政府だと示すのが反乱軍の存在意味をなくすのだ。 だから、5年乗り切るのです。
なるべく無血で国を取り戻す為に」
①から⑤は文章で、最後にのカッコの部分は魔道具から声が聞こえる。
オーロカルノは、微笑んでそれを聞いていた。
『いつもいつもバカをやる俺の尻拭いを、目をつり上げてしてたおっかない女。
平気で暴力を振るうし棘の鞭で叩くし、罵声飛ばすし。
最高に美人な女王様だ。
最悪を重ねて捨てられたけど、本当は好きだったんだ…………』
知らないうちに、笑顔で涙を流すオーロカルノ。
隣でオーロカルノを見守る可憐な『ラーラ』。
オーロカルノの配偶者で、この国の女王である。
「もしかして、元の婚約者さんですか?」
思いきって聞いてみる。
オーロカルノは顔をあげて、「そうなんだ。 めっちゃ怖いけど、すごく頭も切れて最適解を出せる人だ。 サドナに従えば、悪いことはない。 一緒に頑張ってくれるかい?」
ラーラは頷く。
元より先の戦禍で、国王と王妃、兄を亡くした。
自分だけではすぐに戦争に負け、全国民が奴隷のようになる可能性があった。 それを抗う為に戦ってきた。
いつまで続くか解らないし、勝てる見込みもなかった。
そんな時、貴方が来てくれた。
金髪碧眼で逞しい、絵本の中の王子。
何故か肩に鷹を乗せているの。
私なんて日に焼けて肌も黒いし、髪も瞳も黄茶の普通の女の子。
もっと悪いことに、敗戦しそうな国の女王。
はっきり言わなくても最悪である。
そんな私に “一緒に頑張って” と、言ってくれるのだ。
欠点の1つや2つ気にしないわ、とは思ってるんだけど…
『本当に、何やったの?』
なんか無性に不安になってきたわ。
そんな疑問を感じ取ったのか、全国民に伝わるスピーカーを使い、彼が演説し始めた。
「あーあー。 入ってるね、ヨシ!
はじめましての人も多いよね。 俺はローズウィップ国の第一王子だったオーロカルノ。 今はラーラ女王の忠実なる僕だ。 新参者に命を託すのは不安だと思う。 でも、俺じゃなくて、超優秀なローズウィップ国の『サドナ』が味方だとしたらどう? 新薬バンバン開発して、国益を増やし続けてる才女。 その彼女からの提案書さ、勝算あると思わない?」
軽く挨拶をして、俺がここに婿に来たいきさつも話した。
その婚約者『サドナ』を浮気して裏切って、断罪されて人喰い族の島に送られて1年生き延びたこと。 改心し、密命連絡手段の鷹の訓練中、鷹の餌を捕るのに失敗して肩の肉を齧られたこと。 この鷹が、こちらの連絡を必ず届けてくれること。 俺は怒らせてしまったけど、サドナはやると言ったことは必ず成し遂げてくれること。
はっきり言って、恥ずかしいことの大暴露。
呆れちゃう人もいるかなって思ったけど、みんな真剣に聞いてくれた。
皆反対しないで、従ってくれることになった。
手紙にあった護身術と狩猟の道具を作ったり、狩る人を送ると言ってくれたが、空からパラシュートで降りてきた人を見て驚いた。
「あー、人喰い族の人だ!」
「「「「「「えーーーー!!!」」」」」」
俺も、国民も驚いていた。
でもその人も、慌てたりしないで答えてくれた。
「まだ信じてたの? 人なんて食うはずないだろが! 旨いジビエ(野生の鳥獣)いっぱいいるのに」
「そ、そうなんだ。 信じちゃってたよー。 マジ怖かったのに!」
「ははっ、すまないな」と、すまない顔してない人喰い族と呼ばれていた人は言う。
筋肉ムキムキの50代のおじさんが、『イッキ』さん。
筋肉ホドホドの40代のおじさんが、『トウ』さん。
細マッチョが30代の『セン』さん。
センさんは、主に土地の境界を探ってくれる密偵らしい。
元々、3人や人喰い族と呼ばれてる人は、戦争で国を亡くした亡命者だそう。 サドナの条件を呑んで、あの島を民族で貰い受けたらしい。
俺もやられていた囚人の監視役だ。
元々食べるとかではなく、脅す目的で追いかけるらしい。
まあそれで、気が滅入って死んじゃう人もいるらしいけどね。
それが島を貰う条件なら、彼らも仕事だからしょうがないね。
まずは皆で病院を作る為に開墾し、3Dプリンターで建物を作り、セメントで固定していく。 そして中に人と医療品等の物資を運び込む。
これで病人は安心だ。
そして出来る限り3Dプリンターで家を作り、老人と女性と子供が寝る場所を確保する。
男達は木で家が出来るまでは、ハンモックで対応。
俺が人喰い族の島にいた時は、洞窟で寝泊まりしてたからハンモックなんてありがたい。
そんな話をしてたら、子供に尊敬の眼差しで見られた。
照れ臭いね。
大人にも凄いと褒められたよ。
「まあ、やらかしてたからねっ」と言うと、ドッと笑いが溢れた。
でもあの時は1人で孤独で、1日がすごく長く感じた。
こんだけ人が居れば、楽しく過ごせるかもしれないね。
その日に、海の水のろ過装置と長期保存できる食糧が送られてきた。 下着や上着等の衣料品と毛布やタオル、生理用品等。
そして『オーロカルノでもわかる無人島生活』と言う、表皮イラストと、中にはイラストいっぱいの生活術が載せてあった。
「元々野生の勘が聞く王子は、これさえあれば生きていけるはずよ」と、1枚目にサドナの字で書いてあった。 きっとイラストもあいつのだ、幼い時見たやつだ。 ありがとな。
まずは皆で、海水からの真水の作り方をやってみた。
うん、飲める。 でも川を早く見つけないとな。 畑も作りたいし。
食べられる草の見分け方、狩猟の仕方、魚の釣り方、保存肉の作り方等々。
この本と語学の本が山ほど届いた。
サドナは無駄なことはしない女だ。
「きっと彼女は、この島をリゾート地とか、キャンプ地にしたいんじゃないかな? 俺達はきっと即従業員だな。 語学の勉強もサバイバル生活に加えなきゃな」
皆に言うと、「「「「オオッ!!!」」」」と興奮している。
いや、まだ決まった訳では。 まあいっか!
準備はしても悪くないし。
俺の野生の勘は、きっと冴えさえだ。
俺達はここを整え、楽園に作り変えるのだ。
そしてそこに、俺達の場所がありますように。
これからも人と戦ったりはしないで、逃げる戦法を続けていこう。
まだ始まったばかりの戦いだけど、夢があるのは強いね。
こんなに失敗続きの俺だけど、ラーラは良いって言ってくれた。
「もっと怖いこと想像してた」と、照れた顔で背中をぐりぐりされた。
ちょっと心外、もう良いけどさ。
まあ、可愛くて守ってあげたくなる彼女は、女王なんだけどか弱いんだ。
本当の女王様を知っている身としてはさ。
あー、この一言多いのがダメなんだろうな、ごめんなサドナ(心で合掌、許してね)。
そして今、俺は『カルノ』と呼ばれている。
短くて良いよね。
「あと、病院のバッテリーでゲームとかしたら、死ぬほどの目に合うから絶対しないように!」
「「「「はい 絶対しません!!!」」」」
「さあ、魚釣りにいくぞ!」
「「「「「はーい!!!」」」」」
「さすが、わかってるわね」
何処からか、サドナの声が聞こえた気がした。