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00-プロローグ

 壁一面を本で覆われ、居心地の悪さを感じつつ僕は眼の前の機械と対面していた。少し動くと軋む椅子に座り、物珍しそうに周りを見渡す彼に切り出す。


「それで、今日はどうしましたか大尉」


「ここに来る理由など一つだろう」


「大尉も世間話をしに来たりとか」


「……アルフレッド」


「すみません」


 狭い部屋にかつて人類が対獣人兵器として作ったロボットが二体。重苦しい空気を断ち切るようジョークを織り交ぜるものの、無論この堅物グライア、ロボットにはただの無駄口に過ぎなかった。


「じゃ、質問を始めます。前回来たときからどんな変化がありましたか?」

 

「……何を言っている?」


 軽口を叩くのは逆効果だったから優しく問いかけたというのに、この上官は不満気な様子を見せる。現役のときからの軍服を愛用しているらしく、今でも緑の布に包まれ、フードによって頭部がすっぽりと隠されていた。現役の頃は"鬼"と揶揄されることも屡々だった元上官だが、格好こそ変わらないものの、あの頃の覇気は微塵も感じられない。「Whittaker」と記されたドッグタグには彼の強さを物語るような傷が付いていた。しかし、弱り切った彼のようなグライアたちを毎日相手している僕は、最近思うことがある。

 

 自分たちももう長くはないな、と。

 

「何って……。この一ヶ月でここに来るのは三回目ですけど、本当に大丈夫なんですか? あと、ずっと俯かれてると僕もやりづらいんですけど」

 

「……すまないが大丈夫、とは言い難い。不安だからお前に頼んでいるのだ」

 

 依然俯いたまま謝罪の言葉を零す大尉。頸部から上はフードで隠され、全く視線が合わない。更には、現役時代に威風堂々と戦場に立っていた上官が、不安と口にした。それは、この人の弱り方を悟るには十分すぎるもので。


「こっち見てくださいよ」


「……すまない」


 またしても謝罪を口にするが、一向に顔は上がらない。この仕事を始めて結構な依頼を受けたがここまで対人が難しいものはなかなか無い。


 グライアに感情をもたらすインプラントが創られてから数十年。楽しさ、嬉しさ、悲しさ、不安や怒りなど。いつか生きていた人類を模すような感情インプラントは、無意識に創造主である人間に少しでも近づこうとするグライアたちに普及するのはあっという間だった。それはこの大尉も例外ではなく、戦時中どんな難関も乗り越えていたこの人は、感情を持ってから冷徹な真面目なグライアとなった。


「最近物騒なんですから。あんまり気負いすぎないでくださいよ」


「物騒……事件でもあったのか」


「二ヶ月くらい前からグライアの自壊が多発してるじゃないですか。事件性があるかは微妙ですが、こんなの異常としか言いようがありません」


「待ってくれ、自壊だと?」


 自壊と聞いた途端顔を上げる大尉。驚いたような様子を見せるが、驚愕しているのはこちらも同じだ。直近立て続けに起きているグライアの自壊事件。"自殺"という概念のないグライアが、飛び降り、故意的な断線、自己破壊などで自分のプログラムを強制停止する事件が多発している。未だ原因も一切不明。この奇怪な状況を、この真面目な大尉が知らないなんてことあり得るのだろうか。


「大尉知らないんですか!?」


 あの情報通な大尉が知らない、という事実に驚きと揶揄の混ざった高めの声で反応する。物騒、というのは間違いないことだが。


「……一つ聞きたいことがあるのだが」


 この現状を、暗闇しか見えないこのグライアの未来を考えている僕に、大尉は追い打ちをかけるように尋ねる。

 

「お前を訪ねるのはこの一ヶ月で三回と言ったな……。それは本当か?」

 

「……え?」

 

 理解ができなかった。この人は自分が何を言っているのか分かっているのか。誤魔化しや妄言の類を話しているわけではないことは大尉の様子から分かる。そもそも、この真面目グライアは嘘など吐かないことは軍の者なら誰もが知っていることだ。感情インプラントを入れてからも一度も真実以外を話したことなどなかった。ここに来てようやく事の重大さに気づいた僕に苛立ちを覚える。


「どこから……どこからの記憶がないのですか」

 

 僕たち軍事用グライアは、各々が戦時中用いた銃を持っている。しかし相手は獣人。身体能力や再生能力に長け、並の武器では太刀打ちできなかった。そこで人類は通常の弾丸ではなく、出力調整可能なエネルギー弾を開発、軍事用ロボットたちに装備させた。そのエネルギーの源は、グライア自身の記憶メモリだ。グライアたちは、自分の記憶を代償に戦地に赴いた。攻撃が強力であればあるほど消費するエネルギーは増え、直近の記憶から消えていく。数日から数週間の記憶が飛んだ、なんて話はよく耳にした。当時のグライアたちは戦う以外の生き方を知らなかったからか、何も惜しむことなく記憶を消耗した。



――感情を持つまでは。



 俯いていた大尉が顔をこちらに向け、深く被っていたフードを取る。……半壊、という言葉が一番合うだろうか。それほどまでに彼の顔は無惨なものになっていた。視覚の役割を担っているレンズからコードが晒され、戦地でも傷一つつかなかった鉄の頭部が半分吹っ飛んだかのようになっている。

 


「――三ヶ月間の記憶が消えた」

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