偉大な魔導師
「ローヴァン様。西側の魔力数値が異常です。このままではギライ隊と僅かな残存兵では食い止められません」
「分かった。私が行こう」
魔法剣は既に真っ赤に染まり、剣先からボタボタと流れる血は赤黒い血溜まりを作っていた。
鬱陶しい飾り袖で顔に飛び散った滴を拭い立ち上がると、ダレンは顔を顰めた。
「……申し訳ございません。この様な場所に貴方様を」
「何を言う。私とて魔法師団の一員だ。お前が気に病む必要は無い」
オルトレ・ローヴァンは皇国マリューゼィスの偉大なる大魔導師だった。
魔導師団での実力は第二位。名門アルフェ学院を主席で卒業し、公爵家の嫡男でもある。
貴族至上主義の皇国で、こんなに血なまぐさく泥沼化した前線に立つ必要は無い高貴な人間である。
ダレンは突然やってきた他部隊の大物に可哀想なほど恐縮し切っていたが、オルトレは着任早々、とんでもない成果を上げ続けているためどうしても頼もしく思ってしまう。
「本当に……なんとお礼を言っていいか……でも、その、すみません」
「お前はエレイン伯爵の次男だったか」
「え、、はい。ご存知で……」
「学院で顔を見た事がある。魔導師が戦場に立たずして誰が国を守るのだ。おかしなことを言うな」
ダレンはそのエメラルドのような瞳を見上げて思った。
一生この人について行こう、と。
今まで出会った高位貴族や大魔導師は金や権力を振りかざすばかりで、前線に立つことなんて考えたこともないような連中ばかりだった。
高貴な身分でありながら、こんなに頼もしく人道的な人間をダレンは見たことがない。
「さあ、行くぞ! 魔獣の群れなどさっさと屠って私は王都へ戻る」
「ーーっ、はい!!」
長い金髪を後ろで編み込んだオルトレはそう言って走り出した。
ダレンもその後に続き、つい昨日、本来の上官がさっさとしっぽを巻いて逃げ出したばかりだと言うのに、かつてない士気と熱気を含んだ残存隊が続く。
ローヴァンの魔法剣が、その瞳同様のエメラルドの輝きを放ち、ダレンは眩しさに目を細めた。
ローヴァンの魔導は昨日から何度も見て、何度も驚かされたが、これは一段と………。
「…………なんてことだ。あれだけいた魔獣の群れが跡形もなく」
次に目を開けた時、魔獣の群れはその場から居なくなっていた。
ついでに言えばオルトレ・ローヴァンも。