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1st Stage/Idol Panic!

「んーと……ここがこうで、こうだから……」

 だめ、まったく分からない。

 いつもお出かけする時の必需品、つばの長い帽子を更に深くかぶって、地図に目を落とす。

 やっぱり地図なんて見慣れないものを頼りに一人で出かけるんじゃなかったかな。周りの人たちがどんどん目的の場所に足を進める中で、自分だけが取り残された感じがした。

 

 私は今、ある喫茶店に向かって歩いている。

 1つ1つの部屋が個室になっていて、他のお客さんの目を気にすることなくくつろぐことができるという評判を一緒にお仕事をしている仲間から聞いて、教えて欲しいと頼んで地図を書いてもらったのだ。

 どうやら私の顔はけっこう知られているみたいで、この前プライベートで何も対策をしないで街に出た時、それこそあっという間に囲まれて、1日中身動きできなかったという経験がある。

 だから、どうしてもそこには行きたかった。たまにはゆっくり、自分だけの時間を過ごしたい。

 

 そんな私のお仕事は、アイドル。

 

 

「どうしよう、全然分からなくなっちゃった……」

 車で移動する時に今歩いている場所は通りかかることが多くて、その時いつも外の景色を見ているのでだいたい見当くらいつくと思っていたんだけど……

 車から見るのと実際に歩くのとでは、なんだかまったく違うように感じる。

 やっぱり、1人で出かけるのは少しムチャしすぎちゃったのかな……

 こういう時、一番手っ取り早く解決する方法は人に聞くことなんだろうけど。

 

「あのー……」

 

 でも、それをやっちゃったらこの前のようにせっかくのオフがつぶれちゃうし……

 

「すいません」

 

 だけど、聞かなかったら聞かなかったで1日つぶれてしまいそうだし……

 

「もしもし?」

 

 その時、私の肩がたたかれる感触。

「はっ、はいっ! あわわ、もうバレ……」

 まさか、さっきから聞こえてきた声かけが私に向けられていたものだなんて。考えてみれば前もそういうことになったんだから、違うと言い切ることなんてできないんだけど。

 一瞬慌てて、正体を大声で打ち明けそうになった自分の口を押さえた。

「うわっ、ごめん! お、おどかすつもりはなかったんだけど!」

 顔を上げて見えたのは、1人の男性。私は心臓がいまだドキドキするのが自分でも分かるくらいに驚いていたけど、彼もまた、手に胸を当てて大きく呼吸をしていた。

「な、なんか、困ってるような感じだ、った、から……」

 彼が息を少しずつ継ぎながら、話しかけてくる。

「そ、そうなんですか……」

 端から見て怪しい行動だと思われたのかな、私。

 でも、怪しい行動をしていたのならもっと注目を浴びていたはず。今はとりあえず、危ないところでこの人が声をかけてきたってことで、助かった。

 だって、今のところこの人しか正体はバレていないわけで……

 ……って。

「ん? どうかしました?」

 この人、私を見て何も言わない。

 もしかして、気づいてない?

「う、ううん。なんでもないです……」

「地図持ってるけど、道に迷ったとか」

「は、はい。そうなんです」

 これは、チャンスと言っていいのかも。

 彼には悪いけれど、このまま話を続けてみる。

「あの、もし時間があればで構わないんですけど、ここがどのあたりなのか、教えてもらえませんか?」

 途中でバレてしまったら、それはその時考えよう。今は、とりあえず頼ってみるしかないと思った。

 利用するようで、嫌な気はしてしまうけど。

「わかった、どれどれ……これまたずいぶん分かりづらい地図の書き方だな……行くことはできるけど、口で言うにはちょっと」

「そ、そうなんですか?」

 男の人の方が空間的に物を考えることができるから、地図に強いと、何かの番組で聞いた覚えがある。そんな男の人が難しいと言うわけだから……

「初めて行こうとする私が、分からないわけですね……」

 もう、分かりづらいところにあるよ、くらいのことは教えてくれたっていいのに……

「まあ、連れて行くくらいのことはできるけど、ちょっとマズい気がするからなあ」

「え、どうしてですか?」

 と言ったところで、いつの間にか彼に安心しきっていた自分に気付いた。

 私の正体、バレてないって決まったわけじゃないのに。

 彼の言葉に、全身が凍り付く感覚が走る。

「あんまり知らない同士の男女が歩くのってどうかって思うし」

「あ、そ、そういうことですか……」

 これだけ親切にしてもらっているのに、自分のことばっかり。なんだか罪悪感。

 ……もし、私のことが知られたら、彼はどんな反応をするんだろう。

 なんとなく、そんなことを思った。危険な賭けをするようなものだから、実行はできないけど。

 ただ、こんな風に言ってくれるってことは、あまりこの人と歩くことに心配はしなくていいのかもしれない。

「私は……大丈夫です。あの、もし時間があれば、でいいんですけど、この場所に連れてってくれませんか?」

 その後の彼の返事に、私は甘えることにした。

 

 

「このあたりは、はじめて?」

「あ、あの……車で通りかかることはあるんですけど、歩いてみたのは初めて、で」

「へえ……車移動なんてなかなかリッチな」

 

 黙って歩いているのも気まずいだけなので話しながら移動していると、時々ふとした会話で正体がバレそうになって、ヒヤヒヤして……

 

「あ、あの! そんなんじゃなくて、家族と一緒に買い物に行く時の通り道、で」

「家族と仲がいいんだ?」

「あっ、は、はい……」

 

 私はそう言って帽子を更に深くかぶる。

 家族も一応、私と同じようにテレビに出る人なので、そこから分かってしまうこともある。かわそうとして更にどつぼになってしまって、どんどん焦ってくる。

 なんでなんだろう。もしかして、男の人とこうして普通に話すことがあまりなかったから、なのかな……

 久しぶりの感覚で、そんな貴重な時なのに、私のことを話すことができないのが、なんだか悲しかった。

 いつも会話と言えばお仕事のことばかりだったから。だから余計に、自分のことを本当は話したいのに、それができない。

 彼の横顔を見上げ、申し訳なかったり情けなかったりの自分を受け入れてくれる彼に、心の中で謝った。

 

 そんなことを考えながら目的地までの大通りを歩いていると、何か歩いているうちにあたりの空気が変わっているようなものを感じた。

 なんだかだんだん歩きにくくなっているような……

 それもそのはず、前を歩いている人がこちらを振り返ったかと思うと、こちらをじっと見ている……

 嫌な予感が、確信へと変わった時。

 あの取り囲まれてどの方向にも歩けなくなるというあの時と同じことが、また起こっていた。

 そうだ、彼の横顔を見上げてたりなんかしたから、完全に私の顔、出してて……

 

「どうかしましたか」

 あの時、何もできなかった。今も何もできない。

 でも、そんな私の側で……彼の声が周りの人たちの行動を止める。

 

「ど、どうかしたかって……今、君の横にいる彼女って……」

「ああ、この子ですか? 一応彼女ですが、君たち何と勘違いを?」

「勘違いって……いや、だってその子」

「君たちこそ何の勘違いを? こんな僕みたいな一般人がそんな有名な人連れられるわけないでしょう」

 

 ああ、そうなんだ。

 この人、気付いてたんだ。私の正体に。

 だって、そうでもなければ。

 こんな冷静に、対応できるわけが……

 

「ま、まあそりゃそうかもしれないけど」

「似てると言われて困ってるんですよ。だからこうして変装させているんです」

 この彼の言葉が、決定打になったみたいで。

「ちぇ、残念だな……」

 私たちを取り囲む輪が、それから少しずつ小さくなっていく。

 前を見通せるようになった頃、彼が息をついていた。

「ふう、危なかった……大丈夫だった?」

 とてもピンチを切り抜けたようには見えないほど冷静に見える顔をする彼。

「だ、大丈夫ですけど、あの……」

「ああ、ごめん。さっき彼女だってウソついてしまったことだよね? そうしないと切り抜けられそうになかったから」

 違う、私はそんなことを聞きたいんじゃなくて。

「あ、ここだ。ほら、見つかりましたよ、喫茶店。じゃあ、僕はここで帰ることにします」

 彼は私の返事も待たずに、背中を向けて帰ろうとしている。

 というか、本当に帰っちゃう……!

 その時、私の体は勝手に動いていた。

「ちょ、ちょっと……?」

 彼の腕に私の腕をからめて。

 喫茶店の方に向かって、引っ張った。

 まだ一緒に、過ごしたかったから。

 

 

「私のこと、知ってたんですね」

 暑苦しくて仕方なかった変装は既に外している。本当の私を、彼に見てもらっている。

「うん、まあ……」

 

 彼はそれでも、普通に私と話してくれている。それが本当に嬉しい。

 

「……どうして、そのこと言わなかったの?」

「いや、変装しているから、人もいるしあまり余計なことは言えないなって」

 

 だから、私の心に、まだ少しだけだけど変化があったのかな。

 

「そうなんだ……」

 

 この変化は、もしかしたら私の未来を大きく変えてくれるかも……そんなことを思う。

 

「あの……」

 

 その未来への一歩につながる言葉まで、あと少し。

 

「また、次のオフの時に……会ってもらえませんか?」

「え、でも今日のようなことがあっても、もう言い訳がきかないと思うけど。さすがにまた次はそこまで守れないっていうか……」

 

 私だって、普通の女の子のようなドキドキを感じていたいから。

 

「あなたとだったら……バレてもいいかも」

 

 ちょっぴり冗談っぽく言ったけど。

 そのうち、冗談じゃなくなるのもいいかな、なんて私はひそかに期待していた。

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