国境の街
ヴィオレットは、そこまで貴族らしいプライドのある人間ではない。
贅を尽くした宮殿で踏ん反り返っているよりは、領地で重いものを抱えて踏ん張っているほうが性に合うタイプである。
が、しかし。
今回ばかりは事情が事情である。
平和な国間の国境らしく人や店で賑わう市場を見て回る余裕はなく、できればさっさと王宮へ行ってしまいたい。
であるというのに、護衛兼案内係を務めている男は、出発し街道を歩くことなく市場を案内している。
「ほら、姫さん、これとか美味しいっすよ?」
恭しい敬語を話していたのは初めだけで、今は既に砕けてだいぶ緩い敬語になりつつある。
そして、極めつけは。
「あ、姫さん、あの砂糖漬けなんて最近流行り出したやつっすよ」
食用花を砂糖漬けにしているお菓子のようで、瓶詰めになっている様子は綺麗で可愛らしい…ではなく。
ニータは、ヴィオレットの事をいつのまにか“姫さん”と呼ぶようになったのである。
「ニータ、貴方いつになったら私の呼び方を訂正してくれるのかしら」
「あ、ヴィオレット様!あの果物なんですかね?おっきくて、黒の縦縞がありますね」
「あれは、スイカっす。中が赤色で甘くて美味しいっすよ」
「わ、本当に?食べてみたいですねぇヴィオレット様!」
「どうです?ちょっと食べてみます?姫さん」
悪戯っぽい黒の目とキラキラとしたチョコレート色に見つめられると、ヴィオレットはため息を吐くことしかできない。
仕方ないわねと頷くと、ルリは意気揚々とスイカとやらを買いに行った。
その間、隣の男はヴィオレットに楽しげに話しかける。
「うちじゃ結構良くありますけど、ウラルツカじゃスイカは珍しいんすかね?」
「珍しいというか、まず見ないわね」
首脳陣がどう考えているかは分からないが、ウラルツカは土地としては恵まれているとは言えない地域だ。
国土の多くが山がちで土地も貧しく、冬の寒さも雪の量も多い場所が主だ。
基本的に暖かく雨も適度に振るフィケーネに比べ、食の豊かさという面では大きく劣ってしまう。
だが、金や銀などの鉱物の取れる山があり、武力にもたけるウラルツカは、近くの国から輸入することでその問題を解決していた。
「なら、姫さんも食べるの初めてすかね?」
驚くと思いますよ、とルリが買ってきてくれたスイカを1切れ差し出す。
果物屋の店主が気を利かせて切ってくれたらしい。
スイカと呼ばれる果物の実は赤く、ところどころ黒い豆のような粒が着いている。
「この黒いのと白いのは種で、取り出して食べるやつっす。ま、とりあえず」
食べてみて下さいと勧められるので、1口齧ってみる。
「甘い!それに冷たいのね!」
赤い実にはたくさんの水分が含まれており、ひと口齧るとじんわりと口の中に甘さが広がった。
冷やされていたのかスイカ自体も冷たく、暖かいを超えて少し汗をかきそうなフィケーネの気温では、とても美味しく感じられた。
「美味しい!美味しいですねぇ、ヴィオレット様!」
ルリも口いっぱいにスイカを頬張り、感激したように声を上げる。
「美味いっすよね?他にもありますよ、美味い食い物」
せっかくなら沢山食べてって下さいと、案内役は人好きのする笑みを浮かべて言った。
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