旅の前に
ちなみになるが、この国の後宮は西の大国のものとは少し違う特殊なものだ。
まず、この国でデビュタントを迎えた全ての令嬢は1度後宮に入り国王のものとなる。その後、下賜という形で国中の貴族家に嫁いでいくのだ。そうする事で、臣下達が裏切らないようにしていた…らしい。
ただし、今となっては形骸化した制度であり、後宮に入ると言っても、デビュタントの後国王に顔見せをして終わり程度の人の方が多い。
辺境伯以上の身分ある家の長女か、顔見せの際気に入られた女性のみ実際に王宮へ行くことになる。それ以外の人達は、基本は自由だ。恋人だって作っていい。
婚約だって、家同士の約束で結んだ後、国王のサインを貰うだけで簡単に成立する。
ただ、ヴィオレットのように身分だけが無駄に高いと、国王もヴィオレットも互いに興味も何も無いのに、王宮に入り部屋まで貰う羽目になる。
ところで、何故こんな事をつらつらと考えているのかって?率直に言って現実逃避である。
「っはあ…何か用かしら」
目の前で大きなリボンを頭のうえで結び、ふるふると震えている女…ルビィとか言ったかしら…が、目の前に立ちはだかっているのだ。
もうこの国を出立するっていうこの時に。
そう。
立ちはだかっているのだ。
女性にしては小柄な彼女が。
立ちはだかっているのだ。
後ろに後宮の下っ端たちを引き連れて。
…下っ端と言うと失礼ね。
あの色ボケ国王の好みで招かれて、1度戯れに抱かれてしまった可哀想な女の子達としておきましょう。
そんな子達を引き連れて、目の前に壁を作っているのだ。
相手をするのは面倒臭いし、何を言わんとしているのか分かるが故に無視していきたい所だけど、残念ながら彼女達の目的は私らしい。
痛む頭を抑えながら渋々要件を尋ねると、1番前に立っているルビィとかいう女の子が、ふるふると震えながら声を上げた。
「あっあの!ヴィオレット様!!!」
「ええ、何かしら」
「あの…その…ごめんなさい!」
「え、なにが?」
心の底から何が?である。
思わず顔が歪んでしまった。
そんな私の目の前の少女は、弾かれたように驚きを隠せない顔を上げた。
大変わかりやすい子だ。
「え、っと…その…私のせいでヴィオレット様があんな野蛮な国に嫁がれてしまうなんて…思わなくて…」
大きな瞳を涙で濡らして上目遣い。
私の身長が女性にしては高いからかもしれないが、そこんじょらの男ならコロッといってしまうだろう可愛い仕草。
なるほど、この国の王はこんな女が好みか。
「別に私がフィケーネに嫁ぐのは貴女のせいではないし、私はかの国に嫁ぐ事をそんなに苦痛には思っていないから、謝罪は結構よ」
裏も表もありはしないただの本音である。
ただ、目の前の少女にはそれが通じなかった用で。
「そんな…で、でも、ヴィオレット様程の方があんな国に行くなんて可哀想です…」
「だから、私は構わないと言っているでしょう?」
「それでも!です!!なので、この前アレクに何とか出来ないか聞いてみたんです。そしたら…私がヴィオレット様を許せるならって…だから、謝ってください!!」
ヴィオレットは思わず半目になる。
これが目的だったのか…
というか、頼んでもいないのに、許してやるから謝れとはあまりにも上から目線ではないか。
そもそもヴィオレットは今回の処罰に対し、冤罪すぎるほど冤罪である点については不服だけれども、それ以外で特に不満に思っていることは無い。
どうしたら分かってもらえる、いや、どうしたら諦めて引き下がってくれるだろうかと少し考えて口を開いた。
「いやよ」
「え?」
私が受けいれて謝るとは思っていても、断られるとは思ってなかったらしい。
信じられないような顔でこちらを見てくる。
「私はあなたに謝るつもりは無いわ」
「なんで!」
「だって…」
ルビィの怒りの滲む視線と、その後ろの少女たちの動揺を感じ取りながら、ヴィオレットは顔を少し傾ける。
そのまま顎先に人差し指を持っていき、優しく色香を混ぜて微笑む。
「私は何も悪いことをしてないからよ」
「え、そんな事ないわ!だって私は貴女に虐められ…」
「だーかーら」
必死に言葉を連ねた少女の眼前に歩を進め、少し下にある彼女の目を見て言う。
「私は貴女に何もしていないのよ」
「は…」
圧に負けたのか意味をなさない息を吐いて、ルビィはヴィオレットの瞳を見つめ返す。
目いっぱい見開かれたルビィの瞳には、悪い顔で微笑むヴィオレットが映っている。
それを見て、更に笑みを深める。
「そもそも貴女の気遣いは筋違いなのよ。必要無いわ」
そう言って、彼女の前から退いて扉へ向かう。
後ろからこの国の男の情けない呼び声まで聞こえて来たので、少し急ぎめで向かう。
が、男が彼の寵姫に辿り着く方が早かったようだ。
糾弾するように男が言う。
「ルビィ!可哀想にこんなに脅えて…おい!ヴィオレット!貴様何をした!」
めんどくさい事になったと、肩を竦めて呆れ顔を隠さずにふり向く。
「何も」
「そんな訳が無いだろう!何もしてないならこんなに怯えるはずがないだろ」
「大丈夫です…ただ、私が余計なことをしてしまっただけなのです…」
そう言ってルビィは、男の腕の中でさめざめと泣く。
そんな彼女を愛おしそうに抱きしめて、こちらをきつく睨んできた。
「ヴィオレット…貴様…」
「何もしていないと言っているでしょう」
「いや、ルビィの優しさを踏み躙ったのだろう?!」
その言葉にルビィの取り巻きたちが勢いよく頷く。
それで自信を得たのだろう。得意げに笑っていた。
ヴィオレットは大きなため息をひとつ吐いて、男へ妖艶に微笑んで言う。
「踏み躙ってはおりませんわ。要らないものを要らないとお返ししただけです」
「だからそれが…!」
「これ以上御者を待たせる訳にも行きませんし、もう行ってもよろしくて?」
「あ…」
返事を待たずにカーテシーをひとつして、扉へ向かう。
ルリが荷物を持ってついてくる事を背後に感じながら、後ろは振り向かずに馬車へ乗り込んだ。
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