戦場のオクトパスホールド
……女神達との話し合い開始からわずか数分後。
俺は1人屋上を後にしていた。
いや、正確には女神と鶴が付いて来ているのだが、この際無視する事にする。
「アホ―、この人でなしのバチ当たりめ! それでも勇者に選ばれた男かっ!」
幼女姿の弁天様は、後ろをふよふよ飛びながら、無数の凶器を投げつけてくる。
主に琵琶をひくための撥だったが、厳島神社が広島なせいか、銀色のお好み焼きヘラも混じっていた。
「……(耐えろ俺、無視だっ)」
俺がなおもシカトしていると、投擲物はミニサイズのゴングや竹刀やパイプ椅子に変わった。
……いや、確か広島にもプロレス団体とかあったな。実際の団体とは関係ないだろうが……
「まったく、せっかくわらわがいい条件を出してやったというのに。しかもお試し版の力で、お前の命を救ってやったのじゃぞ? その恩を仇で返すとはこの恥知らずめっ」
襲ってくるのは物から人に変わり、往年の名レスラーが小人サイズとなって、フライングボディプレスやドロップキック、ムーンサルトアタックをかましてくる。
彼らは肖像権で訴えられるのを恐れているのか、よく見れば誰かは分かるが、かといって問い詰められもしないギリギリの顔立ちで現行法をあざ笑っていた。
「ぐっ……!」
俺はこの攻撃も無言で耐えた。
しかしレスラー達は俺の肩や頭に陣取り、好き勝手にマイクパフォーマンスをしたり、相手を突き飛ばして仲間割れを始めた。
頭上で卍固めをかけるレスラー、身振り手振りで苦しむ対戦相手、しつこくギブアップを確認するレフェリーにたまりかねて、俺は振り返って女神に怒鳴った。
「ああもう、鬱陶しい! 俺はもう断ったから、勇者なんてならないっ! 頼むから他をあたってくれっ!」
……そう、先ほどの屋上の話し合いで、俺はきっぱり誘いを蹴った。
確かに勇者になるメリットはでかい。でもその条件がどうしても飲めなかったのだ。
「わからんのう、何をそんなに頑ななのじゃ。そうか、報酬が不足か? このごうつくばりめ」
「違うっ! 大体あれだ、そもそも10年近くも人間をほっといたくせに、何を今更神様づらして命令してるんだよ」
「それは仕方あるまい。わらわ達も大変なのじゃ」
女神は物を投げる手を止め、腕組みして目を閉じた。
「話せば長いからぐっと端折るが、魔界の軍勢がこの現世を狙った。惑星の周囲に邪気の結界を張り、善なる神々が入れないようにしたのだ。そのうえで地上に己の配下を、つまりバケモノどもを呼び出したのじゃ」
「ま、魔界の軍勢???」
「そうとも。わらわも父がスサノオじゃし、岩凪姫ほどではないが腕に自信がある。だから結界の外で絶賛・戦闘中なのじゃ」
「戦闘って……誰と」
「決まっておろう、邪神軍団じゃ。モンスターどもを呼び出した魔界の親玉どもよ。さっきのモンスターがミジンコに見えるレベルじゃが、お前が代わるか?」
「うっ……」
それはさすがに無茶というものだ。
「で、そいつらと戦いながら結界に小さな穴をあけて、そこからわらわの分霊と鶴を送り込んだのじゃ。これ以上は入れぬし、地上はわらわ達がなんとかするしかない。ここまで分かるか?」
「そ、それは……理屈は分かった。けど、やっぱりあの条件は飲めない」
「なんでじゃ、普通は喜ぶものじゃぞ。勇者になってチートでモテモテウハウハじゃ。しかも導く女神はわらわことチョー可愛くて人気の弁財天様じゃぞ?」
得意げにふんぞり返る女神に、俺は疑問を口にする。
「……い、いや、弁天様ってもっと大人な女性の感じなんだけど」
「さっきも言ったが、本体はバリバリ外で戦っておる。だから霊力を節約した分霊なのじゃ。
もちろん分霊といっても、わらわが作曲中に生まれたものじゃからの。分身の中でも、最も香ばしい性格をしておる。つまりロックじゃ♪」
女神はジャーンと琵琶を鳴らして得意げである。
「ちなみにわらわの本体はこんな感じじゃ」
すると幼女姿の女神の隣に、大人の女性の映像が映る。
厳島神社の拝殿に腰かけ、柱にもたれて琵琶をいじっている女性は、少し考え事をしているのか、表情はどこか物憂げ。
片手でくしゃりと髪をかきあげていたが、撮影者に気付いてくすりとほほ笑み、片手をひらひら振ってくれる。
いかにも自分の魅力を知っている大人のお姉さまだったし、さすがは有名な女神様だった。
往年のテレビCMで言えば、キレ●なお姉さんは好きですかシリーズに登場しそうだ。
「どうじゃ、超絶美人であろう」
「いや絶対こっちがいいんで出来ればチェンジで」
「黙れっ、このバチ当たりめ! というか神にチェンジとか言うな! 特に岩凪姫の前ではな」
「ナギって誰です」
「従姉妹じゃっ。本来ならこの鶴を導くはずの女神じゃが、威圧感がありすぎて鶴が苦手としておる」
鶴はいつの間にか布団にくるまり、顔だけ出しておびえていた。
「ナギっぺは嫌あああ、厳しいしすごく怖いのっ!」
「ナギが来ればあと一万年ぐらい引きこもりそうじゃから、代わりにわらわが来たのじゃ。それにわらわはチョー有名じゃから、人々の信仰もあついからのう」
「実物がこれだと知ったら信者激減しそうですけど」
「黙れっ! いい加減叩き殺すぞ!」
女神が巨大しゃもじを投げつけ、俺がしゃがんでかわすと、頭上のレスラー達が吹っ飛んだ。
女神は気にせず、びし、と俺を指差して言う。
「とにかく、そういうわけでお前と鶴にこの世界を託したいのじゃ」
「だから嫌なんだよ」
「なんでじゃ、簡単な条件じゃろうが! 日本を守る力を授けるのじゃから、ここを離れて日本中駆け巡ってもらう。ただそれだけだというのにっ」
幼女女神は怒って地団太をふんだ。
「チートじゃぞ、日本を救う勇者になってウハウハじゃぞ! こんな幸運あと一万年はないぞ?」
「他をあたってくれ」
凶器の巨大しゃもじを奪い合い、もめにもめているレスラー軍団を尻目に、俺は旧校長室にたどり着いた。
「話はここで終わりだ。中に病人がいるから、ふざけるのは後にしてくれ。もちろんお前も……」
俺はそこでふと気が付いた。さっきから妙に静かだと思ったが鶴がいない。
「えっ、まさか!?」
「鶴ならさっきの医務室じゃろ。やっぱり許せぬとか言っておったし」
「うわああっ、ちょっと何で言ってくれないんだよ!」
俺は必死に元来た道を駆け戻った。
ていうか何でさっきから無駄に屋上とか保健室を往復してるんだよ。