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ディストピア世界の高校基地。落ち武者のオプション付きで

 俺達を乗せた輸送車は、ひとまず拠点となる避難所に帰ってきた。


 いつ巨大な人喰いモンスターが来るか分からないため、避難区は守りやすい陸地のはしっこ……つまり半島のように飛び出た場所にある事が多い。


 四国の北西にあるこの高縄半島(たかなわはんとう)も、同じ理由で避難区に選ばれたのだ。


 安全な島嶼部(とうしょぶ)に住める金持ち以外、俺達庶民(しょみん)は危険な避難区に身を寄せ合いながら暮らすしかない。


 食い物も金持ちは天然ものだが、俺らはよく分からんオキアミだとかプランクトンだかを固めた●ロリ―メイト状のもの。


 そしてそんな避難区も、今回のように巨大モンスターがバリケードを突き破って侵入し、暴れ回って人々を喰い殺すのだ。


 俺らは毎回死に物狂いでそれを追い返し、それでもじりじりと陸の端へと追い詰められていく。


 一体どこのディストピア映画だよ、と愚痴りたくもなるのだが、そばの鶴は無邪気に喜んでいた。


「わあ、これが現世の高校ってやつですね! ネトゲによく出てますもん、一度見てみたかったんです!」


「確かに高校跡地だけど、今は学校やってないぞ? グラウンドとか校舎とか、使い勝手がいいから自衛軍が使ってるだけで」


「同じです、校舎があればセーラー服が映えますから! 黒鷹もきっと私に萌えますよ! ラブのコメです、お色気うっふん、サービス回です!」


 車から校庭(グラウンド)に降り立つ鶴は、いつのまにか黒のセーラー服姿に変わっている。


 いやセーラー服の上から鎧着るラブコメがどこにある、とツッコミたくなる俺をよそに、幼女姿の弁天様は、ふよふよ頭上に浮かんでいた。


「現世の事はわらわもよく知らなんだが、かなり困窮(こんきゅう)しておるのう。みんな顔が沈んでおるわ」


 見回す弁天様の言葉通り、校庭の周囲に見える校舎、そしてそこに入り切れず、テント生活をしている被災者達は、ほぼ全員がうなだれていた。


 食べ物も薬も不足してるし、みんなこの先の恐ろしい未来を想像してるんだろう。


「子供ですら元気がないではないか。鶴よ、これは気合いをいれんといかんぞ。はよう現世を取り戻し、皆に笑顔を取り戻させるのじゃ」


「もちろんです! ネトゲとかでありますよね、場末の落ちこぼれの基地からの成り上がり。ここから日本奪還、人生のゲームクリアです! あっ、黒鷹待って!」


「出来れば待ちたくないんだが」


 俺は担架で運ばれていく仲間の後を追い、医務室に向かった。


 医務室といってもそれは結局保健室なので、やはり入りきれない負傷者が床にもベッドにもあふれてるのだ。


 そもそも土地が足りてないので、避難区の建物はどこもぎゅうぎゅう詰め。被災者は狭いスペースで身を寄せ合って生きている。


 高校でパンなどを売ってたスペースにはショップがあって、以前はわずかながら商品があったが、今はがらんとして何もなかった。


 それでもせめて明るく暮らしたい、という願いからか、校舎の中には子供たちの字で『5番街ひまわり通り』『海ぞい横丁』『いもむしマンション』などと書かれている。





「……一応は命に別状ありませんね。油断はできませんし、絶対安静ですが」


 旧自衛隊の医官だったおばさんが言う通り、隊の仲間達は痛み止めが効いて穏やかな顔だった。


 だが鶴は、眠る女性隊員達を睨み付け、メラメラと嫉妬の炎を燃やしている。


「この女ども、私がいない間に黒鷹と親しくしてたんですね! ええい恨めしい、どうやって苦しめてくれようかしら……!」


(いや苦しめるなよ! てか亡霊みたいだからやめろっ、騒ぎになるだろっ)


 俺が小声でささやくと、女神がドヤ顔で答える。


「心配いらぬぞ。仮契約の間、鶴は霊体扱いじゃ。よほど霊感が強くない限り、人には見えぬし声も聞こえぬ」


 俺はその言葉に安心したが、寺が実家だったというスキンヘッドの隊員が、鶴の姿を見てベッドからずり落ちそうになっている。


「た、隊長、俺はもうだめかもしれん。さっきからセーラー服の落ち武者みたいなのが見えるんだが」


「いや大丈夫だ香川。手の込んだ幻覚だから、とにかく寝てろ」


 俺はとりあえず隊員をベッドに推し戻す。


(俺の小隊(たい)は全員動けない……他の部隊もほぼ同じか。このままじゃ……)


 ここももうすぐ火の海になり、動けない隊員達も被災者も、モンスター型のゾンビどもにむさぼり喰われるのだろうか。


 想像すると苦しかった。


 別に善人を気取るわけじゃないが、目の前のこいつらや子供達が、生きたままバケモノにかじられるだと?


 ふざけるな。偉いさんはみんな船とか島に逃げてるのに、こいつらが何をしたってんだ。


「じゃからお前が勇者になればいいのじゃ。そうすればこの子らを守れるではないか」


 女神は俺の思考を読み取ったようだ。


 鶴も「そうですよ! 恋泥棒どもは守らなくていいですけど、私も子供は大好きですから! 絶対絶対守りますよ!」と拳を握っている。


「た、隊長、落ち武者がゲンコツ握って何か言ってるんだが」


「気にするな、寝てろ」


「それにしても、これだとわらわの社も建てる場所がないのう。どれ、ちょうどよい場所を探すか。黒鷹よ、この避難区をぐるりと案内せい」


「え、案内? ちょっと待ってくれ、帰還したらしたで補給とか事務手続きが」


「た、隊長、偉そうな幼女も見えるんだが」


「だから寝てろって」


「黒鷹、わたしも一緒にお散歩行くわ。このにっくき女どもをこらしめてから……!」


「だからこらしめるなよ! 何も悪い事してないだろ!」


「隊長、落ち武者と幼女が…」


「寝ろっっ!! ああもう、これじゃラチがあかん! いっぺんどっかでちゃんと話そう」


 俺はさすがにグロッキーになってきた。


「す、すみません、ここ任せます! 香川、ちょっと出てくるから何も考えずに寝てろよ!」


 俺は医者と隊員に告げると、そそくさとその場を逃げ出したのだ。


 


 ……しばらく校内を進み、屋上の扉を開けて誰もいないのを確認する。


「屋上か。確かに社を作るなら高い場所の方がよいかもしれんな」


 女神は満足そうだったが、ふと気がつくと鶴がいない。


「鶴なら刀を手にして戻ったぞ。何か処理してくるとか言っておった」


「おいいっ、あいつっ、それはちょっとまずいさすがに!!」


 俺は階段を転げ落ちそうになりながら医務室に駆け戻った。

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