聖者の休息。時には甘えも大事ですう(※甘えすぎ)
※※閑話休題的なエピソードを投稿するのを忘れておりました。
別に仕事から逃避したかったわけではないのですが、忘れないうちに投稿しておきますね。
荒金丸を倒した俺が避難区に戻った後の、ちょっとした小話だ。
勝利のしらせを聞いた人達は、それはそれは大層なフィーバーで盛り上がっていたし、戻った俺を滅茶苦茶なテンションで出迎えてくれた。
つい昨日まで腰をかがめてゲホゲホ言ってたじーさんばーさんは、神輿の担ぎ棒にまたがり、両手に扇子を持って満面の笑みで叫んだり、そこからパルクールみたいにバク転しながら飛び降りていた。
あんたら肝心な時に弱ってたくせに、勝ったとたんにいい加減にしろよ?
などと思う俺だったが、一番喜んでくれたのは他ならぬ鶴だった。
「嬉しいですう、頑張った黒鷹がみんなに認められたですう! 鶴は自分の事のように嬉しいですよ?」
そう言いながら腕を組んですりすり身を寄せ、心底安らいだ顔で目を閉じている。
相変わらず引きこもりってのは人との距離感がおかしいけど、口元が笑ってる寝顔?というのは、見ててこっちも癒されるものがある。
悔しいけどそういうもんだ。
「まあ鶴もそうとう心配しとったからな。命がけでお前を助けにいったのじゃ、少しぐらい甘えさせてやれ」
幼女ふうの見た目のくせに、弁天様はちょっと親心が芽生えたみたいな顔で肩をすくめる。
「えと……ま、まあちょっとぐらいなら…」
俺が頭をかきながら言うと、鶴は途端に調子に乗った。
「いいこと聞いたです! 黒鷹の許可が出たから、今日と言う今日は血眼で甘えてやるですっ!」
「いや加減しろよ。てかその前に、司令に報告行きたいんだけど」
「だめですう、今の鶴は甘えんぼさんの化身ですう」
鶴は再び嬉しそうに目を閉じたが、なんとそのまま、体がどんどん縮み始めた。
「うっ、うわっ!? どうなってんだよ、なんで縮んでるんだ!?」
驚く俺をよそに、鶴はとうとう赤ちゃんレベルにまで退行した。
そのまま無邪気に産声を上げる。
ホンギャア、ホンギャア…!
「なんちゅう意味不明な体と着物の仕組みしてんだよ。いやまあ可愛い、可愛いけどな。赤ちゃんが可愛いのは当たり前だけどな」
俺は憎まれ口をたたきつつ、それでも顔がほころんだ。
この10年、赤ちゃんなんて見る機会がなかったし、幼い頃に見た時と違って、成長してから目にする赤ん坊は確かに可愛い。
ちっちゃくて無邪気で、指をさしだすとぎゅっと握ってくれて。
こんなちっこいのに、一生懸命生きようとしてるのな。
「ほお、こりゃめんこい赤ちゃんやねえ」
次々人が集まって、大人はみんな笑顔になったし、鶴もあやされて上機嫌だ。
キャッキャッ!
「あっ、笑ったわよ」
もうおじさんもおばさんもニヤケまくっていたし、頭をなでたりほっぺをつついたりして鶴をあやす。
だが思い通りにならないのが赤ちゃんで、気まぐれに顔をしかめては、さっきみたいに泣き始めた。
「ああごめんねえ、悪かったわねえ」
ホンギャア、ホンギャア…!
だがそこで俺の帰還を聞きつけた雪菜さん……鶉谷司令が姿を見せた。
「鳴瀬くんっ、お帰りなさい……って、わあっ、なんて可愛い赤ちゃんなの!? 生後ゼロか月で鎧を着てるのは謎だけど、とにかく可愛い! 抱っこしていい?」
「い、いいですけど……」
だがさっきまで目を閉じて泣いていた鶴は、目を爛々と光らせ始める。
ホンギャア、ホンギャア、……モギアア、モグアア…!
「だっ駄目だ雪菜さんっ、抱いたらもがれる!」
「何言ってるの鳴瀬くん、もぐって何を?」
雪菜さんはおかしそうに笑っているが、俺としては笑い事じゃない。
顔見知りの渡辺さん(※体育館の物資の管理役)もやってきて、ニヤニヤしながら言った。
「お疲れさん。いきなり赤ちゃん連れてきて、ほんとに隅におけないねえ。いつ司令とこさえた(※つくった)んだい?」
「いっいや、司令とは何もしてないですよ…! か、からかわないで…」
俺は慌てて否定するが、赤子の鶴はすーっとこちらに視線を向ける。
モギアア、モグアア、クロタカァ…!
「怖い怖い怖い怖いっ……だから何をもぐ気なんだよ」
慌てて後ずさる俺だったが、雪菜さんは笑顔で鶴を俺に戻した。
「ほら鳴瀬くん、この子あなたに懐き倒してるわよ。さっきからずっと見てるじゃない」
「懐くというより、尋常ならざる妄執を込めた視線なんですが…」
冷や汗を流しながら鶴を抱っこする俺だったが、当の赤ちゃん鶴は満足げだった。
モギアア、モグアア………………モイダア…!
「うそぉっ!?」
何の痛みも無かったが、もしかしてよからぬ魔法で一瞬のうちに…!?
俺は青ざめ、一刻も早く股間の無事を確かめたかったが、追加でなだれ込んできた被災者達にかつぎあげられ、避難区中をパレードさせられたのだ。
「さあ鳴瀬くん、みんなで祝勝パレードよ!」
笑顔で拳を振り上げる雪菜さん、盛り上がる群衆をよそに、俺は冷や汗を流して悲鳴を上げた。
「いやちょっと待って、せめて一回トイレに行かせて! そのあの、あれのっ、愚息の具合をちょっとだけ確かめてからっ!」
「こら少年? 駄目よ、自分の子供をそんな言い方しちゃ。それにその子女の子でしょ?」
雪菜さんは腰に手を当て、ちょっとからかうように注意してくる。
「いや違うんですっ、こいつは見た目愛らしくても、中身はすんごいメンヘラなんです! もぐと言ったら本当にやりかねないんです!」
「平気よ鳴瀬くん、さあ行きましょう!」
「うわあああああっっ!!!」
悲鳴を上げる俺を無視して、人々は一昼夜もの間、俺をかついで走り回ったのだ。
鶴は疲れて寝息を立てて、しばらくすると大人の姿に戻っていた。
後で聞いたら、仮契約で完全に具現化してないのに霊力を使い過ぎたから、一時的に赤子に戻って回復してたんだと。
体が小さい方が霊力消費が少ないからって……いやふざけんなよ?
まあ確かに、こんな時代にまで助けにきてくれたのは感謝してるし、そういう諸々の事情を考慮しないといけないけどな。
考慮して…考慮した上で、俺はやっぱりこう思った。
…いやほんとふざけんなよ?
マジでもがれたと思ったからな?
※※次回はカノンの過去に関する閑話休題です。
正規版だと第4章(PART4)で初めて出る内容ですけど、なろう風バージョンですからサクサク行きます!