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契約は婚姻届けで

「そ、そうですね弁天様。それじゃさっそく、練習通りに…」


 (つる)と呼ばれた鎧姿の女の子は、婚姻届けを(ふところ)にしまった。


 それから台本らしきものを取り出し、必死の形相で読みふける。


 はあはあ、大丈夫よつるきっとうまくいくわ、ここさえ乗り切れば黒鷹と一緒にラブのラブラブな結婚生活を送れるのよぶっちゃけ本音を言えば救国なんてどうでもいいからこのチャンスを生かしてとにかく黒鷹をわたわたわた私のものにすれば既成事実でめでたしめでたしデュフフこれはたまりませんなあ……などと念仏のように呟いて笑っているので、聞いてるぶんには本当に怖い。


 見た目が可愛い女の子でなければ、即通報案件だろう。まあ鎧に太刀という時点でじゅうぶんアウトかもしれないが。


 ドン引きメーターの針が極限まで振り切った俺をよそに、少女は暗記を終えたらしく、くるりとこちらに振り返った。


 漏れ聞こえる独り言からすると、既に子供が5万人ぐらい生まれて孫が70万人らしいが、そんな事より相変わらず目が血走っている。


 いつの間にか額のハチマキには「説得するぞ」の文字が踊り、鎧の上には「勇者勧誘がんばり隊長」のタスキをかけている。


 さきほど著作権を踏みにじった小さなケダモノ……もとい神使達も、今は「がんばれ姫様!」「結婚おめでとう!」「結婚手数料は天界ネットがお持ちします!」などと書かれた横断幕を掲げていた。


「はあはあ、い、いいですか黒鷹、難しく考える必要はなくて、とっとととにかくお得なんです! 八百万の神の力で、あなたは勇者になれるんですよ!」


「い、いや、別にならなくていいから」


「(聞いてない)つまりネトゲと同じですよ! 魔物を倒すとお金や経験値がもらえるじゃないですか! それをステ振りして強くなるじゃないですか! みんなに感謝されまくって、凄いって尊敬されるじゃないですか!」


「いやネトゲって見た目じゃないだろ。鎧に刀で」


「(聞いてない)そしたらもう残りの人生余裕じゃないですか! 何やっても許されるし何してもタダじゃないですか! そしたら私と結婚して末永く幸せに暮らせるじゃないですかああっ!」


「いや、話聞けよお前!!」


「聞いてますっ! 愛しい黒鷹の話を聞かなかった事なんて一度も無いわ! ええ、私が黒鷹を無視するなんて、一体誰がそんな事を」


「俺が今言ったんだよ! そしてまさに現在進行形で無視してるんだよっ!」


「つまり愛ゆえにすれ違うという事ですよね! こんな近くにいても、互いの思いはすれ違うの。デュフッ、霊界少女マンガに書いてあった通りだわ! だとしたらもうあと5巻ぐらいで大団円のハッピーエンド、覚悟完了妊活終了よ」


「何ひとつっ! ハッピーじゃっ! ねえっ! は・な・し・を・聞けええええっっっ!!!」


 一言一言に全力の力をこめ、応援団のような身振り手振りで思いを届けようとする俺だったが、それらはすべて勘違いの御旗(みはた)のもとに、少女の都合のいい妄想へと変えられていく。


 目の前の相手に手旗信号で会話するようなもどかしさだったが、見かねて弁天様が口をはさんだ。


「そろそろ諦めよ黒鷹、500年ぶりの再会で、鶴はテンションギガマックスじゃ。元より引きこもりで妄想……もとい思い込みが激しいからのう。こうなったら200年は話を聞かんぞ」


「それ死ぬまで制御不能って事か!? てか再会って、俺完全に初対面なんだけど!」


「いや、前世できっかり会っていたのじゃ。戦国時代の瀬戸内での。

 三島水軍……要するに海の武家集団の武者だったお前を、三島家の姫でありながら陰キャドストライクの鶴は憧れの目で見ておった。

 結局お前は海戦で死に、鶴はお前を探して海にダイブよ。以後500年間あの世で引きこもり生活、最近ではネトゲ三昧じゃ」


「だからまずそこがおかしくて。あの世でネトゲとかありえないから」


「あり得るじゃろ。死者は日々あの世に来るのじゃぞ? 何であの世だけ原始時代だと思っておる」


 弁天様を名乗る幼女は、そう言って手にした琵琶を鳴らした。


「娯楽も楽器も、現世との交流で進化しておる。何も不思議な事はないじゃろ」


「だからって何もネトゲを取り入れなくても」


「そういうとこだけアクティブなのが鶴じゃ。陰キャの亡者を目ざとく見つけ、情報を集めて霊界にネトゲを再現してしまったのじゃ」


 弁天様は再び琵琶を鳴らし、(バチ)でこちらをびしりと指した。


「とにかくじゃ、詳しい話は後でよい。差し当たって勇者の契約を結び、急ぎ現世の人間達を守るのじゃ。お前にも見返りがたんとあるし、神の加護じゃからチートで無敵。さ、はよう」


「……ま、まあ大体の話は理解しました」


 俺はそう言って頷いた。


「では帰りますんで、他をあたって……」


 言いかけたところでバチが巨大化し、俺のいた場所に突き刺さった。とっさに避けなかったら死んでたかもしれない。


「貴様ぁっ、何も理解しておらぬでないかっ!」


「いやしてるから。死にかけて変な幻覚見てるって事ぐらい。早く現実に戻らないと」


「違いますううう本当の事なんですううう!!!」


 そこで少女・鶴が突進してきた。


 片手には再び婚姻届けを差し出し、体ごと一直線に突っ込んでくる。幕末の新選組よろしく、必殺の左片手一本突きだ。


 技のキレ、体のバネ、思い切りともに申し分なく、本当にインドア派なのかどうかは謎だった。


 あれか、本当は身体能力凄いのに、メンタルヘタレすぎて引きこもりになっちゃうあれか。


「本当です、本当の勇者なんですうっ! しかもシステムはネトゲと同じ、経験値とかポイントで物も買えるんです! 英雄になって有名人、将来も安泰! ポイントを幸福とかに変えれば、一発で人生勝ち組なんですうう!!!」


「いや、だからその物騒な婚姻届けをしまってくれ!」


 避けても避けても壁を跳ね返って襲ってくる少女に、俺の命もいつまでもつか分からない。


「しかもバケモノがでかいっ! でかいから経験値も駆除報酬もドーン! 楽々レベルアップ! あっという間に日本奪還! 私と結婚してずっと幸せですううっ!」


「最後の論理がっ! しこたま飛躍してるだろっ!」


「してないんですうっ! この婚姻届けにサインすればっ! 勇者の資格が得られるんですからっ!」


「頭おかしいだろバカかお前!!!」


 なおも死闘を繰り広げる俺達に、女神は横からツッコミを入れた。


「でもお前、現実じゃでかい化け物に蹴られて宙に舞ってる最中じゃろ。戻っても契約せねばすぐ死ぬぞ」


「うっ……そこだけ妙にリアルな設定だな」


 都合のいい時だけ正論を掲げる女神に、俺は絶句した。


「ほれほれ、四の五の言わずに英雄になって、このクソゲーみたいな世界をクリアするのじゃ。この鶴もなかなかどうして器量よしであるし、他のおなごにもチート能力でモテモテじゃぞ」


「そうですよっ、チートですよっ! 私以外にモテモテは……絶対絶対許しませんけどね……!!」


 少女の目はギラギラと異様な光を帯び始めた。


「嫌だ、婚姻届けは嫌だああああっ!!!」


 攻撃を続ける少女、かわす俺。さすがに女神がしびれをきらした。


「ええいっ、これでは堂々巡りじゃ! だったら特別サービスのお試し版、一週間だけわらわが勇者の力を貸し与えてやる! その間に婚姻届けにサインするかどうか、しっかり考えるがいい」


 女神は初めて琵琶を持つ手を離し、俺の方に手のひらを向けた。


 その手には眩しい光が輝き、もう婚姻届けも神使も見えない。


「さあ神のチートじゃ、もう手放せなくなるまでとくと味わえ!!」


 いやだ、絶対サインしないから、と叫ぶ間もなく、俺は現世に舞い戻っていた。

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