鬼のような知ったかぶり
(おおおおおっ、やるじゃねえか客人っっ!!! ひょろっちいじーさんだとバカにしてたし、名前も覚えてねえけど、ここはがんばれっ!!!)
刹鬼姫は内心応援したし、たぶん他の魔族連中もそうだったはずだ。
仄宮様の椅子から少し離れた場所に立つ客人は、異世界?だか異次元??から来たとかいうわけわからん魔族だ。
ひょろっとした爺さんで、いかにも弱そう。
常にうっすら笑っていて、服装はなんか変なフード付きのマントみてーなのをかぶっている。
「異界で魔導士が着る安物ですじゃ、根が貧乏性でして、高いものは肩が凝りましてのーフォフォフォ」とか笑っていたが、要するにみすぼらしい質素な布切れ1枚だという事。
目立ってなんぼ、傾いてナンボのヤンキー気質……もとい鬼神族気質の刹鬼姫からすれば、信じられない地味さだった。
それでもこいつは異界の邪神の使者であり、こいつらが異界から軍勢を召喚してくれたからこそ、自分達は善なる神々に戦いを挑む事が出来たのだ。
じーさんは……名前も忘れた異界の魔族は、なおも仄宮様を止めてくれる。
「正直申しまして、今お貸ししている戦力は、そう強いものではありません。なにぶん異界の存在ですので、『召喚の門』のレベルの限界でして。もちろん弱いとは言いませんが、こちらの世界の海とやらに、浄化の効果がありましてな。海辺が近いと力が出しづらく、人の避難区を攻略出来ていないのです」
刹鬼姫の隣で、剛角が腕組みして小声で言った。
「なーるほどのお、海にそんな力があるんか。姫さん知っとったか?」
「しっ、しししっ、知ってるに決まってるだろ? 常識常識。お前剛角、お前あれだ、そそそんな事も知らなかったのかい?」
もちろん刹鬼姫も知らなかったが、白状する素直さは持ち合わせていない。こういう意地っ張り性も姉ゆずりだ。うん、あの姉がぜんぶ悪い。
「まあ剛角、平たく言えばお清めの塩じゃ。国生み神の伊邪那岐が、黄泉から帰って海で身を清めたじゃろ。塩にはそういう力がある」
童顔の紫蓮は鬼神族で一番かしこく、見かねてフォローしてくれた。
うん、よくやった。後でなんか褒美をやろう……と思う刹鬼姫だったが、客人の話はなおも続いた。
「更に言えば、惑星の結界の外で戦う我らの神々も、仄宮様と同じく分霊でして。分身の数を増す事で善なる神々を足止めしておりますが、全力を発揮するにはほど遠く……」
魔導士ふうの客人は、そこで少し上目遣いで仄宮様を見上げた。
さっきまでの透明な笑みから少し変わって、目がぎらついているようにも思える。
「…………そこでどうでしょう。結界に穴もあけられ、弁財天とやらと勇者・聖者まで来てしまいました。このままでは敗北は必至。もっと強力な軍勢を呼ぶため、『召喚の門』を強化してはいかがですか?」
「あの門の……強化だと?」
仄宮様は少し眉をひそめた。
「そうです、門をもっと開くのです。それにはあなた様のご許可が必要です。異界の存在たる我々は、この世界の惑星に干渉する権限がありません。あなたの持つ、この惑星の支配の証が……アクセスコードが必要でして」
そこで剛角が再びつぶやく。
「支配の……アクセスなんたら???」
(てめえ剛角っ、聞いたら殺す! 聞くなよ、聞くなよっ!?)
刹鬼姫はびくっとなって祈ったが、超がつくほど鈍い筋肉バカの剛角は、情け容赦なくこちらを向いた。
「姫さん、わしゃよー分からんのじゃがのお!」
「そそそれはあれだ剛角っ、あれだ、あれあれ! お前あれだ、アレのあんっっっなあれ具合もそれなのかい!? それはさすがにヒド過ぎるだろ!」
「……姫さん落ち着け、前の集まりで言っとったじゃろ。あいつらは異界の神とその魔族じゃから、この世界で好き勝手に具現化したり、強い魔法を使えんのよ。特に次元に穴を開けるようなでかい魔法はな」
そこで紫蓮が助け船マークⅡを出してくれる。
「でかい魔法は、星のえねるぎいを借りてやるもんなんじゃと。だから星の支配者の証というか、この星から生まれた神でなければその権限がないんだとさ。邪神側で言えば常夜命か、その后の仄宮様。善神側なら三貴神の天照、月読、須佐之男ぐらいしか持っとらん」
「そうとも紫蓮っ、あたしはそれを言いたかったんだ!」
安心から少し声がデカくなり過ぎた刹鬼姫だったが、仄宮様がこちらを見たので、剛角の影にさっと隠れた。
姫さんずるい、と叫ぶ剛角をよそに、仄宮様は少し迷いながら宙を見上げる。
「………………異界の門の開きぐあいか……確かにそれも手であるが……」
見守る円卓の魔族は、固唾をのんで見守った。
(更なる強い軍勢が来たら、こっちはうんと楽になるぞ!)
(いよっしゃあ、さっさと勝って、人の町に残されてたカード?使ってバトルしようぜ!)
(最初にちょっと振り込めば、うんと増えて帰ってくるのか。こんなお得な商売ねえなあ!)
後で考えれば、魔族はみんなアホだったのだが、当時の刹鬼姫にそんな事が分かるはずもなく、他の連中と同じように横断幕とかのぼり旗を持って、異界の魔族の説得を応援していた。
応援しまくっていたのだが…………仄宮様は少ししぶった。
「確かに魅力的ではあるが……まだそれはやめておこう。我らにも面子があるのでな」
ええーっっっ!!? みたいな無言の空気が魔族達に広がり、南蛮渡来のブーイングさえ起きそうだったが、仄宮様がこちらを見ると全員がサッとかしこまった。
「…………そうですか。まあ、わたくしどもは部外者ですから、無理強いは出来ませんよ。また気が向かれましたらよろしくお願いいたします」
異界からのじーさんは、そう言って元の人畜無害な笑みを浮かべたのだ。