復活の第一声は悩む。自分なら何て言おう
医務室にたどり着いた鶴は、鬼の形相かつ・荒い呼吸で女神に問う。
「ふーっ、ふうーっ、男子達はともかく、この恋敵の女人どもも私に治せと? この鶴に治せとおっしゃられる?」
「ええからさっさと治療してやれ」
「こひゅーっ、ひゅーっ、に、憎しみの炎が身を焼くですう。今まさに闇落ち聖者の爆誕ですう……!」
鶴はまた血の涙を流しながら手をかざすが、そこで何か思いついたのか、途端に機嫌が良くなった。
「そうですう、治療にかこつけてドサクサで去勢しちゃえば役得ですう♪」
俺は慌てて鶴を羽交い絞めにした。
「やめろ、同意のないオペは! 大体恋敵って、全部お前の勘違いだろ。こいつら別に俺に好意とか無いし」
「ほんとですか? それなら安心、黒鷹を信じますう」
鶴はにこにこしながら手に光を集める。光はどんどん強くなり、バリバリと音を立てて隊員達に殺到した。
「波ーーーーーっっっ!!!」
「波ーじゃねえよっ、殺す気かっ!」
だが俺の心配をよそに、光を浴びた隊員達の怪我はみるみる消えていく。
ギブスは粉々に砕け、骨折なんかも全回復だ。
「あれっ、俺ケガ治ってんじゃん! てか隊長、何やってんだ?」
「苦労してたんだよすんごく」
短髪で小柄な、いかにも活発そうな宮島が飛び起きて言うので、俺はジト目でそう返した。
「いやー隊長の苦労は前世の業だろうなあ。こればっかりは生まれ変わっても……ひいっ、幼女と落ち武者!? 隊長、まだとり憑かれてるぞ! お祓いするか?」
「そうしたいのは山々だが、強いから人が祓える相手じゃない。てかもう本契約したんで、2人とも他の奴らにも見えるから」
スキンヘッドの香川が数珠を持って怯えるので、俺はやはりジト目で言う。
宮島も香川も、そして残りの隊員達も、みんな俺と同じ10代後半で気が合うのだ。
「まあいいや、なんか知らねーけど、元気そーだから助かったって事だな。良かったなあ、これでまた野球出来るぜ!」
宮島は適当な理解で俺と香川を掴み、甲子園優勝した球児のように抱擁して喜んだ。
「ムホッ、これが音に聞く男の友情、またの名をボーイズラブですね!? 薄い本が厚くなるですう!」
鶴は鼻息荒く喜んで、机にマンガセットを広げて執筆を始めた。
500年前の人間にしては分かってる方だが、残念ながら最近の同人誌は薄くないから微妙に知識が古いのだ。
アシスタント代わりに子犬サイズのキツネとか狛犬とかが手伝ってるのは癒されるけど、お前らコミケも出入りしてたのかよ。
だがそこで俺が危惧する事態が起こった。
俺の隊の女性隊員2人が、遅れて目を覚ましたのだ。
「う~ん……あれ、なんや鳴っち。それになんや面白そうな人らもおるやん?」
栗色の髪をショートカットにした難波が、伸びをしながら立ち上がった。
食料難のご時世にも関わらず、こいつも鶴に負けず劣らずグラマーであり、多分脳に栄養が行っていないんだろうと俺は思う。
特に尻が大きめなのは、性格の図々しさに比例するはず。
「ていうかこのみ(※難波の下の名前)、いきなり怪我が治ってるんだけど。一体全体どういう事?」
ややウェーブのかかった薄茶色の髪を長く伸ばしたカノン……こいつはまあ、大人っぽくて頭も良いし、けっこう、いやかなり色っぽい雰囲気だ。
スレンダー系だけど、あちこち出っ張っていてワガママボディだし。
俺の指揮する人型重機小隊の副官であり、衛生兵として簡易の手術免許まで持ってる才女だから、普段から頼りにしてるのだ。
そんな完璧冷静ウーマンなはずのカノンが、幼女女神……もとい弁天様を見て青ざめた。
「ひっ!? ちょっと、この人神様じゃない! なんでこんなとこに!」
「なんで怯えるんだよカノン」
「簡単なのじゃ、それはこ奴が鬼……」
「ちょっと待ってええっ!!!」
幼女女神が言おうとすると、カノンが慌てて遮った。
「そ、それは秘密でお願いしますっ! まだ恩返しの最中なんで、今バレるとほんとにほんとに困りますんでっ!」
冷や汗をだーらだら流すカノンに、弁天様は頷いた。
「まあそういう事なら別に構わぬ。岩凪姫がかけた変化術のようじゃし、お主がいい鬼……」
「だからやめてえええっっっ!!!」
カノンは赤く上気した顔で手を振り回す。顔から出る湯気がスチームのようだ。
「珍しいな、カノンがそんな慌てるなんて」
俺は思いっきり他人事なので気楽にハハハと笑っていたが、そこで難波が俺にしなだれかかった。
「それはともかく鳴っち、せっかく愛しの難波ちゃんがお目覚めなんやで? ほれさっさとブチューといきや。眠り姫にキスは付き物やろ」
難波はいつものようにからかってくる。
こいつはお調子者なので、好意が無くても抱き着いてくるし、たいてい冗談ばかり言っているのだ。
「目ぇ覚めてから言うなよ。そもそも寝てる間にどんだけ苦労したと……ん?」
俺はそこで異変に気付いた。医務室を覆う湯気の量が多すぎるのだ。
「な、何だこれ、カノン1人の熱量じゃないだろ……」
周囲を見回すと、辺りは最早活火山の火口であり、床はボコボコ音を立てて沸騰していた。
何か奇妙な古代文字みたいなのが宙を漂い、悪霊みたいな影もオオオオとか叫びながら飛び交っている。
そしてその悪霊どもの中心に鶴がいた。
「こんのクソガキャあっ、ちょっと油断したら早速黒鷹を誘惑しおって!!! もう許さんっ、今日という今日は地の果てまでも追い詰めて、この鶴のもぎたてCollectionに加えてくれるわあああっ!!!」
鶴は凄まじい霊気……いや邪気に身を包みながら突進、難波とカノンの乳に手を伸ばすが、そこで女神が襟首をつかんだ。
「きゃんっ」と急に可愛らしい声になってひっくり返る鶴。
いつも思うが、この女神の腕力はどのぐらいなんだろうか。絶対本気で怒らせたらいけない相手のような……
「いきなり殺すな、これから日の本を取り返す黒鷹の仲間なのじゃ。いわばわらわの配下じゃし、もいだら流石にお仕置きじゃぞ」
「ノオーーッ、いくら弁天様の男場、いえお言葉でもノオーーーッッッオオオ!!!」
なおもヒートアップする鶴だったが、「だったらナギを呼んでくるぞ」の一言で急にスンッと大人しくなった。
「いやそのナギさんとか、どんだけ怖い女神なんだよ」
「ナギは良い女神じゃ。根は優しいし……ただまあ、強すぎるから迫力がの」
幼女女神は肩をすくめると、俺と隊員達をしげしげと眺めた。
「それではそろそろ、お前達に加護とスキルを授けてやろう」
満足げに頷く女神に、俺や難波が問い返す。
「加護?」
「スキルてなんや?」
「要するにチート能力じゃ。これから日本を取り戻し、復興させるのに必要な能力じゃが、悪用はするなよ?」
隙を見てこっそりもごうとする鶴を片手で引き戻しながら、弁天様はニヤリと笑う。
日本を取り戻す能力って……一体どんな力なんだよ?