荒金丸のスペックはいかに
俺と鶴、そして雪菜さんは、女神が映したネームド・ボスの映像に見入った。
4本足の下半身の上に、人型にしてはやたらがっちりした上半身がある。
両手には分厚い剣を持ち、背中からは千手観音のように、細長い無数の腕が伸びていた。
「ほれ、これがヤツの姿じゃ。下半身はゾウかサイ、そこから伸びる上半身は、頑強な鎧武者ってところかの。今までのザコどもとは次元が違うぞ」
女神が言うと、映像の隣に敵の情報が表示された。
名称・荒金丸。
推定レベル・40032
全高420~430メートル(硬皮の伸縮によって変化)
全長450~460メートル(硬皮の伸縮によって変化)
体重3500000トン……さんびゃくごじゅうまんトン!?
恐ろしい数字の羅列に、俺はさすがにドン引きする。
「こ、これじゃもう怪獣だし……こんな自重で歩いてこれるとは思えない」
「目方は魔法で何とでもなる。やわい地盤でも難なく進んでくるぞ?」
女神は完全に他人事モードで、面白そうにそう言った。
「魔王の后であり、疫病をつかさどる女神・疫病爪紅比売がよこした配下じゃな。
厄介な病をまき散らすし、電磁バリア1つとっても、エネルギーはお前が倒した連中の100万倍以上じゃ。もう一度言うが、仮契約の力で勝てると思うな」
そこで映像はぐっと広い範囲を映した。
「もちろんこやつ1体ではない。勇者たるお前を確実に仕留めるために、配下もこぞって北上しておるぞ」
画面には、敵の軍勢が大挙して押し寄せている様子が映っていた。
(あんな大軍相手にしたら、稼働時間がどうやっても足りない。それにあの荒金丸がいるんじゃ、何をどうやっても避難区を守り切れない……)
黙り込む俺と鶴に、雪菜さんが気をつかって語りかけて来る。
「……よく分からないけど鳴瀬君、いえ鳴瀬少尉。このすごい敵が攻めて来るって事よね?」
「そ、そうなります」
「だったらここから先は大人の出番よ」
雪菜さんはウインクすると、痛む体をひきずってベッドから降りた。
「ここの戦力だけじゃどうやっても無理だもの。何とかして増援を……いいえ、他の避難区に鳴瀬君たちや被災者を引き取ってもらえるように交渉するわ」
雪菜さんは明るく言うが、その要請が無理なことは俺もよく分かっていた。
「それが出来ないから、今まで追い詰められてたんじゃないんですか……?」
「……そうね。でも、黙ってあなたたちが死ぬよりマシでしょ?」
雪菜さんは微笑んで、俺と鶴をぎゅっと胸に抱いた。さすが霊感が強いせいか、霊体の鶴に気合いでさわれている。
鶴は「乳が……」と言いつつも、こういう時は我慢してくれていた。
メンヘラだメンヘラだと思っていたが、案外TPOをわきまえている感じだ。
「うっ、うわっ、押すなよっ!」
そこでガラガラと音をたて、入口の引き戸がこちらに倒れる。
そこにいたのは、包帯やギブスだらけの隊員達だ。
「い、いてて……ああ隊長、落ち武者に幼女もいたか。すごい唸り声がして、どうせ戦いかと思って。みんなで起きてきたってわけさ」
スキンヘッドの隊員・香川がそう言って頭をさする。
「鳴っちも水臭いやないの。まさか自分らだけで何とかしようとしとったん?」
関西弁の少女・難波がそう言うと、他の隊員も口々に文句を言い始める。
「い、いや、お前らぜったい操縦とか出来る状態じゃないだろ。早く医務室に戻れよ」
「せやかて工藤」
「鳴瀬だよ! やめろ、名作を汚すな! だから……」
「そうじゃな、お前たちが出ても動けぬ。ただの足手まといじゃ」
女神がぱちりと指を鳴らすと、隊員たちは急に眠り込んでしまった。
女神はそこで俺に言う。
「奴らがここにたどり着くまで、あと1日といったところか。それまでに本契約をするかどうか、よーく考えよ。ただし、契約をするならここを離れ、最優先で重要な街を守ってもらう」
「そ、その間にここが襲われるじゃないか……」
「当たり前じゃ。ものには優先順位がある。奴らを倒して日の本を復興させるには、大きな拠点を滅ぼされるわけにいかんからの」
女神は俺を指差し、念押しするように言った。
「国守る勇者の力、しかも一生幸せになる奇跡の力じゃ。何も捨てずに得られると思うな」
すぐ隣で、まだ乳をもぐかどうか迷っている鶴をよそに、俺は呆然と女神を見つめたのだ。