おいでよ、株式会社●ケダ印刷
俺達の稼ぎクエストとともに、避難区の暮らしも急激によくなっていった。
配給がとどこおりがちだった食料は、連日体育館に山積みになったし、ケガで体が不自由になっていたお年寄りは、俺や鶴、そしてレスラー達のマッサージによって完全復活。
こりゃ若い頃にもどったようじゃわーい、と叫びながら、窓や屋上からバク宙で飛び出し、鉄棒で大車輪をかましたり、きりもみして地面をほり進むほどの健康体?になった。
いや、あんたら絶対若い頃そんな事してなかっただろ、とツッコミたくもなるのだが、それでもみんなが明るい顔をしているのは悪い気はしない。
ちびっこどもは鶴が見えるので、俺や鶴のあとに行進しては、妙な歌を鶴から教えてもらっている。
さんはい、
もーげろーもーげろー、でーかちーちーもーげーろー♪
うーわーきーしーたー黒鷹のぉぉ~~~~………(´∀`)ワクワクソワソワ
ちー●ーこーも~もーげーろー\(^Д^)/キャーッ
「やめろヒメ子っ、教育に悪い歌教えるなよっ!!」
俺はたまらず鶴にどなった。
「それでなくてもこのぐらいの奴らって、一度ち●ことかう●ことか言い始めたら永久機関なのに」
俺が怒る間にも、もげろの大合唱は避難区中に伝染していく。
「ああっ……ほらみろ、もう絶対手がつけられないぞ」
しかし俺は思い知る事になる。
本当に恐ろしいのは、子供より大人の方だったのだ。
「救世主じゃあっ、メシアさまじゃああああっっっ!!!」
「救国の勇者様のおでましじゃああああっっっ!!!」
じーさん達は俺の姿が見えるたび、血管切れそうになりながら絶叫したし、ばあさんは数珠を持ってどこまでも追いかけてきた。
日が暮れて寝る時間になってもそれは変わらず、教室を改造した兵員宿舎の窓には、びっしりとじーさんばーさんの手形がはりつき、夜中にお経が聞こえてくる。
メシア様に文句を言う奴は血祭りじゃ、と怖いセリフまで聞こえてくる始末だ。
「…いや怖い、怖いけど、なんでいきなりこんな事になったんだ?」
俺は毛布を頭からかぶり、お経を聞かないようにしながら考えた。
「食料は渡辺さんにしか渡してないし、出撃だって整備の美濃木さんにしか言ってない。なのになんでこんな短期間で知れ渡ったんだよ」
「ホントに不思議ですねえ(棒読み) それはそうと黒鷹、私は隣でネトゲしますから、決して中をのぞかないでくださいね?」
鶴はそそくさと引き戸を締め、隣の部屋へと姿を消す。
「…………」
俺は妙に嫌な予感がし、ライトを手に隣の部屋に突入した。
ガラガラッ
キャーア!? 見たわね!!
絹をさくような悲鳴とともに、鶴の背後の印刷機械が照らし出された。
新聞用の巨大輪転印刷機が忙しく回転し、轟音とともに大量の何かを印刷している。
昭和のアニメとかだと、印刷機の前に『星ひゅう●、阪●タイガー●に移籍!?』みたいな文字がぐわっと拡大されてくる感じのシーンだったが……
舞い散る新聞をよく見ると、書いてあるのは全て俺たちの事だった。
『また勝った! 我らが勇者・黒鷹こと鳴瀬真琴少尉!』
『嗚呼、勇壮なる弁財天遊撃隊!』
『愛らしき女房役・鶴姫さまと避難区の人々の交流』
『慈愛の姫様からの差し入れ。久方ぶりの甘味にほころぶ子供らの顔』
『すべては人々がため。熱く語る姫様』
すさまじく事実をゆがめまくった見出しの号外新聞が部屋いっぱいに山積みされ、それを子犬サイズのキツネや牛、そして狛犬……要するに神使どもが、せっせとたたんだり縛ったりしているのだ。
見た目だけは可愛らしい関西弁のキツネが、ライトをふりあげて気合いをいれる。
「今晩はタケ●、いや徹夜やで! 魔法で防音しとるから平気や、明日までにあと50万部印刷するで!」
「皆さんの希望になるのですから、天神様の名にかけて、モウレツに頑張ります!」
牛が張り切って答えるが、そんな事で名を安売りされたら、天神様も困るだろうに。
「一瞬圧倒されたけど、お前らのしわざだったのか!」
俺が怒鳴ると、機械の音で気づいてなかった神使たちも飛び上がった。
「く、黒鷹、ちちちちがうの、これは不可抗力であって」
「どう抗えない力が働いたら、徹夜で印刷する事になるんだよ」
「だって悔しいですぅ、せっかく黒鷹が頑張ってるのに、誰にも気づいてもらえないだなんて。全ては黒鷹のためにですね、」
「半分ぐらいお前のエピソードじゃねえか。てか、ほんとにお前ひきこもりなのか? 時々妙に押しが強いというか、こんな自己アピールするようなたちじゃないだろ」
「そうなんですぅ、私もキャラじゃないと思うんですけど、抗いがたき謎パワーが次元のはざまからですね」
その瞬間、空間に少女の姿がうかびあがった。
顔や体つきは目の前の鶴にそっくりだったが、表情とか発散する気配がぜんぜん違う。
陽キャが人の姿をとったらこうなるんじゃないかと思うぐらい得意げなドヤ顔を披露しつつ彼女はささやいてきた。
『もっと盛りなさい、もう1人のわたし。そっちは女神・岩凪姫がいないんだから、隙あらば盛るぐらいでちょうどいいのよ……!』
「はい、了解です。もう1人のわたし……」
鶴が夢うつつのような顔で頷いているので、恐らくあれが諸悪の根源だろう。
別の世界線の鶴というか、あれはたぶんこっちの鶴の5倍ぐらい手ごわそうだ。
映し出されたもう1人の鶴は、なおもペラペラと良からぬ知恵を吹き込み続けたが、背後に長身の女神が現れると血相を変えて消えてしまった。
恐らくあれがナギっぺなのだろうが、何とかしてこっちの鶴も監視してもらえないだろうか?