花咲く隘路(あいろ)のドラゴンゾンビ
俺達はさっそく格納庫に向かい、自分の機体に乗り込んだ。
「お、おい小僧っ、そりゃまだ整備が終わっとらんぞ!? 死ぬ気かおぬし!?」
整備主任の小柄なじーさん・美濃木氏が慌てるが、俺は構わず格納庫から飛び出した。
神器の鎧を使えば、機体が壊れていようがいまいが関係ないのだ。
ただし何も乗らずに出て行って「素手で怪物倒しましたテヘペロ♪」じゃあ嘘と思われるので、一応何かに乗って行った方がいい。
「えっと鶴……いや呼び捨てにするのもあれだな。何て呼んだらいい?」
「南蛮渡来のニックネームですね? でしたらザ・花嫁でお願いしますぅ」
「呼べるかそんなもんっ!!」
勝手にほほを赤らめる鶴に、俺はあわててツッコミを入れる。
「ならパートナーで! フィアァンセでっ! ただしどうしても恥じらわしい?場合は、最愛の人でも可とすっ」
「不可だっ! ええい、じゃあ鶴姫だからつる子、いやヒメ子だ」
「えーっ、まだ嫁子の方が…」
「それだと嫁と子供みたいになるだろ! とにかく行くぞ、地図頼む!」
「やむなしですぅ……」
鶴はしぶしぶ半透明の地図を映し、俺はそれを元に出撃していく。
動ける人間は俺一人なので、出撃というのもおこがましい……要するに単独行動の狩りなのだ。モンスターへの闇討ちだ。
地図を見ると一番近い軍勢は……ここから南に進んだ谷のあたりにたむろしている。
今は秋だが、春には珍しい古代桜が咲く谷で、昔は桜三里と呼ばれていたらしい。
ニンジャのような神器・破邪の鎧に変身した機体は、15キロ近い距離を一瞬で駆け抜けたのち、ゆっくり敵軍に接近する。
『長距離移動を終了、活動時間・残り160秒』
『活動モードから待機モードに移行するため、活動時間は減少しません』
『スキル・擬態LEVEL1発動・敵による感知を阻害します』
機体がそう告げる通り、谷沿いの道路を進む巨大モンスターたちは、近くにいる俺にまったく気づいていないらしい。
敵の数は軽く200体は超えてるだろうか?
「けっこう多いな、今まで見た事ない数だ。人間でいうと一個大隊ってとこか」
「こおゆう安全なトコに集まって、人を襲う時はここから分離して攻めてくるって事ですかね」
鶴はいつの間にかメガネをかけて考えている。
「ネトゲでもありますよ。魔王軍の拠点から、刺客みたいな小部隊が送られてくるって事でしょ?」
「そんな感じだな。でも好都合だぞ。谷ぞいの道路は一本道だし、左右の山はあいつらが走るのに向いてない。だったら横から攻めれば、敵を簡単に分断できるし」
「こういう隘路(※山あいのせまい道)は敵が長くなりますから、横から狙えばボスの守りも薄いですしね」
「わりと分かってるなお前」
鶴はふんすと鼻息を立て、得意げに豊かな胸をそらしてみせる。
「ネトゲで鍛えた観察眼です! そしてあなたの花嫁なのです!」
「後半はだめだが前半はすごいと思う」
「もう、照れ屋ですね黒鷹は。そんなに恥ずらわず?ともよいですのに」
「ちょいちょい日本語おかしいけど、とにかくこいつらのボス見つけたっ」
俺は半透明の地図を拡大した。
谷沿いの道路に長く伸びた敵軍、その真ん中に、ひときわデカい相手が見つかる。
形は一言で言ってドラゴンだ。
大きさは尻尾を入れて50メートル超、あのヒュドラやオークキングより更にデカい。
呼吸とともに大量の霧を吐き出しながら、道路をメキメキひび割れさせて進んでいる。
「まじか、ドラゴンゾンビ級かよ……! あんなの記録でしか見た事ないぞ。関東の避難区に何度か襲って来たって聞いたな。一個師団でも厳しい相手だけど、こっちの攻撃通じるのか?」
「やってみなきゃ分からないですう♪」
鶴は上機嫌で機体のボタンをポチリと押す。
すると画面に『拡声器モード』と表示され、鶴が叫んだ。
『やあやあ、我らこそ救国の勇者と聖者、黒鷹と鶴ちゃんのベストカップルなるぞ! 人の世を乱す悪党ども、かんねんして私たちの結婚資金になりなさい!』
「うわっ、何やってんだよお前っ!?」
俺は慌てて鶴を止める。
「せっかく不意打ち出来たのに、なんで堂々と名乗ってんだバカっ!」
「やめてぇ黒鷹、殿方の腕力はDVです! DVDです!」
「そうじゃないっ、お前の命も危ないんだよっ! とりあえず黙れっ!」
「恐るべしDVD! でもどうしてもそういうプレイなら可とす(頬を赤らめる)」
「頭おかしいのか黙れお前っ!」
もめる俺たちをよそに、ドラゴンゾンビはこちらを見上げた。
唾液のしたたる顎を広げ、配下に命令するようにおたけびを上げる。
「ほらみろ、お前が名乗ったからカムフラージュの効果消えただろ」
「不可抗力ですぅ」
「言い方!」
俺は文句を言いつつ操作レバーを握った。
『活動モードに移行、敵部隊を迎撃します』
機体はオーラバレットをバラ撒き、斜面を駆けのぼって来るモンスターどもを撃ち抜いていく。
敵を貫通した弾がドラゴンゾンビに当たるが、さすがに威力が落ちているのか、電磁バリアをつらぬく事ができない。
「くそっ、雑魚が多すぎてアイツまで届かないか…! 機体の活動時間だって制限あるし」
俺は焦ってモニターの端をにらんだ。
前回から繰り越されていたとは言え、移動に時間をついやしたので、残時間はそう余裕がない。
「だったら上です黒鷹、曲射しましょう!」
「こんな近くで曲射って……あ、そっか! 誘導弾だ!」
俺は気付いて銃を頭上に向けた。
光の弾丸は空にのぼり、そこから曲線を描いてドラゴンゾンビに殺到していく。
ギャアアアアアアアッッッ!!!
今度は防ぐ事が出来ず、ドラゴンゾンビは穴だらけになって、あっさりととけ落ちていく。
「やったですぅ黒鷹、ステージクリアですぅ!」
鶴は喜んで俺に抱き着いてくる。
なんか髪の毛はいい匂いするけど、鎧は結構重たいぞ。
モンスターどもはボスを倒され、驚いた様子で顔を見合わせている。
「ざまあみろです、どうしようとか思ってますよ!」
そこでモンスターどもは口を開いた。
『ド、ドウシヨウ……』
「いや、喋るんかいっ!」
俺はツッコミを入れつつ、逃げ惑う雑魚モンスター達を撃ち抜いていく。
画面端には、今回獲得した討伐経験値と幸福ポイントがすごい勢いで加算されて……されて……されていくはずだが。
200以上の敵を倒したのに、今回あんまり増えていない。
「これはこたえられない幸せですぅ♪ 課金ドバドバ・やり放題です♪」
「やめろお前っ、稼いだそばから再課金は!」
「いやああ今いいとこなんですうっ、一億連ガチャ進行中ですぅうっ!!!」
「いくら稼いでもキリがないだろっ!」
「いやああっ、黒鷹得意のDVDっ!!」
俺は鶴とモンスターと同時に戦いつつ、なんとかその場のモンスターどもを全滅させたのだ。