ハレンチなDVD
「いいですか黒鷹、私はこう見えて三島家の姫ですよ? それを会っていきなり縛りあげるとは、何というハレンチでしょう。時を超えた壮大なDV……いえDVDです。デュフッ」
鶴は怒っているのかどうなのか分からないテンションでニタニタ笑っている。
相変わらず見た目と中身のギャップが凄いが、あれだけ病んでるメッセージを幾万と送り付けてきた割には、縄をといても襲いかかってこなかった。
何かショックな事があって引きこもってはいたが、本来はさっぱりしたタチなのかもしれない。
「とにかく、あと1週間で勇者の仮契約は切れるし、チート能力もとりあげられるからな。それまでに出来る事をやろうと思う。女神もどっか行っちゃったし、お前ももう帰っていいぞ」
鶴はそこでどっと噴き出した。
「プフーッ! ん、もう黒鷹ったら、まるで私と結婚するのが嫌みたいじゃないですか」
「い、いや、ズバリその通りなんだが…」
「(都合よく解釈を変える)その通り!? やっぱり私の思った通りなんですね!」
「ちょっと待てお前、さっき自分が何言ったか忘れたのか!?」
「忘れません。ええ、黒鷹との会話は一字一句これこの通り。私の心の『いい箱』に入れて保存してますから」
鶴が亜空間から現れたつづら(※フジ蔓で編んだ蓋つきのかご)を開けると、中にぎっちりとノートが詰まっていた。
あふれて落ちたノートには、『実録非売品! これが黒鷹の秘密!』『密着24時間監視・寝間からお風呂まで逃がさないわよ!』と書いてある。
「本当に怖いし勘弁してもらいたいんだが、それどころじゃないから話を進めよう。どうせいるなら、あの半透明のマップは出せるか? こまかいとこまで映さなくていい、大まかな広域地図でいいから」
「はい旦那様、デュフッ」
「誰があなただっ」
新妻のようにいそいそ地図を表示する鶴にドン引きしながら、俺は指で大きさを調整し、この避難区の周辺を映し出す。
あの不気味な鈴の目どもは、戦闘になるとぎっしり密集して敵のこまかい特徴まで映し出すが、こうして広い範囲を映すぶんには、散らばって上空から撮影しているのだろう。
周辺には敵のモンスター軍団が無数にたむろしていて、いつどの集団が襲ってくるか分からない状況だった。
「とりあえずこの避難区は……四国のとんがったここの所で、高縄半島避難区っていうんだけどな。今ここはメチャクチャ困ってるんだ。どこもそうだろうけど、弱くて辺境の避難区はどんどん見捨てられてるからな。武器も食料も減らされてるし、機体も修理が間に合ってない。けが人ばっかで満足に戦えなくなってる」
「……ふみゅう、それは大変ですね。それじゃ民も困るでしょうに」
鶴はメガネを装着すると、寝ぐせまみれの髪をくしゃくしゃしながら考え始めた。
やはり元がいいせいか、真面目な顔をするとそれなりにちゃんとして見えるのが悔しい。
例えるならおしゃれに気を遣わない、陰キャの委員長のような印象だろう。
これで病んでさえなければ、と思いつつ俺は続ける。
「だから残り1週間でこの辺り一帯の危険な敵を倒しつつ、稼いだポイントで物資をしこたま買い込みたいんだ」
「なるほど、稼ぎクエストですね! ナイスアイディアです黒鷹、さっきの戦いのぶんは、もうネトゲに課金しちゃいましたし」
「やめろっ、なんて事すんだよ!! ……ああ、ぜんぶ使っちまいやがった。いや、何がSSRカードだよ、知らねえよ。ドヤ顔で見せるなっ」
俺が怒ると、鶴はがっかりしながらそのカードを見つめる。
「ごめんなさい。このカードをマップに……つまり神器『真実の瞳』に取り込みますと、マップがパワーアップするんですけど。敵の進行方向とか、何をしようと考えてるかまで分かるんですけど……もういらないから売っちゃいますね。売却ポチ、っと」
「ちょっと待てええっ!!!」
空間に表示された売却ボタンを押そうとする鶴を、俺はスライディングして止めた。
「待て、まだ売るな! それってつまりあれだ、その機能が加わったら、敵の未来の行動パターンまで分かるって事か!?」
「そうなんですぅ。黒鷹が喜ぶと思っていっぱい課金したんですけど、やっぱり余計でしたね。いざ、駄目な私に鉄槌を下すべく、怒涛の売却連打でポチっ! あれ、通信状況が悪いですけど、それでも退かずにポチポチポチのポチ!」
鶴は意地になって売却ボタンを押そうとする。
「やめろっ、やめてくれっ! それメチャクチャ役に立つだろうが! それがあったら、今後この避難区を襲おうとしてる敵が分かるって事だぞ! そいつら優先して倒したら、しばらく安全が続くって事だぞ!」
「いやああっ、止めないで黒鷹! 売らせてぇえっ、売ってそのお金で再課金させてぇええっ!!!」
「結局狙いはそれかよっ!」
もめにもめた挙句、戦闘で得たポイントの一部を課金させる約束で売却を阻止する事が出来た。
カードが光り輝くと、半透明のマップはバージョン2・0と表示を浮かべて、いくつもの赤い矢印を映し始めた。
「なるほど。赤い矢印の長さが敵の勢いとか移動速度を表してて……このマンガのセリフみたいな吹き出しが、敵の考えてる事ってわけだ」
俺は感心して頷いた。
例えばこの避難区の南西にいる敵は、場所的にはここが一番近い。
だが吹き出しには『旧香川県・荘内半島避難区へ移動予定。2日後に移動開始』と表示されており、この避難区をおそってこない事が分かった。
「未来に移動する予定の奴らは、矢印が透き通ってるのか。じゃあ色の濃い矢印と、こっちを狙う予定の奴から狙えば……」
俺はばしりと手に拳を打ち付けた。
「たとえ動けるのが俺1人でも、じゅんばんに敵を始末していけるわけだ……!」
「1人じゃないですぅ、私もいますよ♪」
「あ、ああ……(1週間だけだけどな)」
上機嫌でニコニコする鶴に、俺は少し罪悪感を感じながら頷くのだった。
「それじゃ時間がない、さっそく行動開始だ!」