第9話 琴美の回想
アタシ、甲斐琴美は、家に帰って手洗いうがい、家族への挨拶を済ますと、自分の部屋のベッドに飛び込み、枕に顔をうずめた。
「あああ~、これってデートの約束ってことだよね……」
思い返すと、思わず自分の顔が熱くなるのを感じる。
「あれは、椿妃さんの後押しだよね……」
思えば会話の転換が多少強引だったような気もする。
というのも、悠珠がお風呂に入っているときに、椿妃さんとそんな会話があったのだ。
アタシは、あの時の会話を思い返す。
アタシが風呂から上がって、ドライヤーで髪を乾かしている間に、椿妃さんはアタシにコーヒーを淹れてくれた。
椿妃さんが置いてくれたコーヒーの位置の椅子にアタシが座り、向かいに椿妃さんが座る。
いただいたコーヒーに口をつけたとき。
「悠珠とは、上手くやれてるみたいね」
いきなり椿妃さんがそんなことを言いだした。
思わずコーヒーを吹き出しそうになる。
「えっ……えっ?」
戸惑いを隠しきれないアタシ。
「高校受験のとき、さすがに響子さんから少しは話を聞いているわよ、悠珠にも関わる話だから」
「そう、ですよね」
アタシは照れと恥ずかしさがごっちゃになった感情になる。
というのも、アタシが今通っている成平高校に行くことに決めたのは、悠珠と同じ学校に行きたかったからなのだ。
悠珠は知らなそうにしていることから、悠珠には黙っていてくれているようだが、悠珠が志望校を変えたりしたら意味がないから、お母さんは椿妃さんには連絡を入れて、その辺を聞くようにしていたのだろう。
悠珠にとってもアタシにとっても成平高校は大きな挑戦だったが、悠珠が第二志望の高校に行くことになっていたら、アタシは成平高校に受かっていても悠珠と同じ学校に行っていただろう。
「すいません、ほんとはよくない、ですよね、こういうの」
「そんなことないんじゃない? 結果的に成績は伸びてるわけだし。自分にとって一番頑張れる環境が、そこだったってことでしょ」
椿妃さんが肯定してくれたことで、どこか肩の荷が下りた気になる。
自分の中にも罪悪感が、やはりあったのだろう。
「そんな顔しないで大丈夫よ、私は琴美ちゃんを応援してるんだから」
「そうですか? 気持ち悪くないですか?」
「かわいいじゃない」
「でも、悠珠の気持ちとか、悠珠の好きな人とか、考えてないですし……」
「高校入ったときのあの子に、何かあったように思う?」
「そ、それは……」
正直、苦笑いが浮かんでいると思う。
でも。
「悠珠に、琴美ちゃん以上の縁はないわよ」
そう言われると、思わず顔が赤くなる。
そこで悠珠がお風呂から戻ってきたので、会話はそこまでだったけど。
このやりとりから、デートの話に持っていこうと考えたのだろう。
ここまで言ったらわかると思うけど、アタシは、悠珠が好き。
アタシが悠珠のことを好きになった理由を思い出す度、自己嫌悪に陥るのだけど。