第54話 バレンタイン②
そしてすぐに、バレンタイン当日の日がやってくる。
ピンポーン。
その日も変わりなく、琴美が鳴らすチャイムから一日が始まる。
「おはよう、琴美」
「おはよう、悠珠!」
玄関で応対し、いつも通りの挨拶をして、一旦家の中に招き入れる。
どうやら琴美は今日も元気そうで、バレンタインのために無理をしてはいなさそうで安心した。
俺が荷物を手に取って、琴美と一緒に家を出ようとしたとき、
「今日は、帰ってきてから、アタシの家で渡すから。期待しててね」
そう、琴美に耳打ちされた。
内容もさることながら、琴美に耳打ちされるくらい近くに寄られて話してくれたことも相まって、つい心臓の鼓動が早くなる。
今日は、大変な一日になりそうだ。
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その日のクラスは、様々な表情を向けている生徒がいた。
既にチョコをもらって笑顔の人、チョコをもらえるかどうかや、渡せるかどうかでなんだかそわそわした人、我関せず、といった雰囲気を出そうとしつつもいつもよりちょっと憮然とした態度の人。
その中で、琴美たちのグループは、女子間でワイワイと友チョコ交換をしていた。
「ほら琴美、ハッピーバレンタイン!」
「ありがとう! アタシからはこれ!」
「え! 手作りじゃん! すごい!」
今、琴美と俺はちょっと席が離れてるから、はっきりとは聞こえないが、そんな感じの会話をしているようだ。
まあ、琴美は帰ってからチョコをくれると言ってくれていたので、それまでは、俺にとってこの喧騒は無関係だ。
そう思いながら、次の授業前に備えて俺は一度お手洗いに立った。
「それでさ、琴美。この友チョコってさ、緒方くんにもあげていいかな? ほら、緒方くんだけ仲間外れってのも、可哀想じゃん?」
「え、普通にダメだけど。悠珠はアタシのチョコあるから大丈夫だよ」
「そ、そう? わかった、わかった。わかったからそれ以上睨むのをやめて」
そんなクラスの会話があったことは、俺が知る由もない。
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やがて、バレンタインデーの日の授業も終わり、帰宅時間になった。
すると、心なしかいつもより素早く、琴美が俺の机のほうまでやってきた。
「悠珠、帰ろう!」
少しいつもより大きな声で、琴美はそう言ってきた。
これから一緒に帰るってことは、この後琴美としては俺にチョコを渡すということだから、やっぱり、渡す側としても緊張するところがあるのだろう。
「うん、行こう」
そう言って俺が席から立ちあがると、すぐに琴美が俺の手を取ってきた。
……やっぱり、いつもの琴美と、ちょっと違うな。
そう思った俺は、二人で歩く途中、琴美の手をそっと包み込むように、優しく、恋人繋ぎにつなぎ方を変えていった。
それが普段とどこか違うことを察してくれたのか、琴美が俺の方に顔を向けてきたので、俺の出来る限りの微笑みを返す。
ちょっとでも、琴美が安心できるように。
その想いが通じたのかどうかはわからないけれど、その後、琴美の表情が、ちょっと和らいだ気がした。




