第6話 緊急避難
「「……」」
あまりのことに、俺も琴美も言葉を失う。
しかし、そのままでいるわけにはいかない。
このままではお互い風邪をひくことは確実だ。
「と、とりあえず俺の家まで来てくれ! そこでシャワーなり着替えなりを用意するから!」
「う、うん!」
焦る頭で対応策を急ぎ考え、それを琴美に伝えると、傘を左手に持ち替え、右手で琴美の手を引いて二人駆け出した。
幸い家にはすぐ着く、慌てた手で鞄から鍵を出し、扉を開けて二人で中に逃げ込む。
「あら、お帰り。雨は大丈夫……じゃなさそうね、お風呂沸かしておいたから……あら?」
パート勤務を終えて先に帰宅していた母さんは俺を迎えてくれたが、すぐに俺の隣にいる琴美に気がついた。
「母さん、俺はいいから、琴美をすぐに入れてやって」
「そうね、琴美ちゃん、久しぶりの再会で慌ただしくて悪いけど、まずはそうして頂戴」
「えっ、でも……」
琴美は俺の方を見ながら、申し訳なさそうな表情をする。
ここは俺の家なのに、俺より先に温まってよいのか気にしているのだろう。気の優しいやつだ。こんな時は女性の方が先に温まるべきなのが当然なのに。
「琴美ちゃん、悠珠と譲り合いするのは時間の無駄よ? きっとテコでも動かないわ」
そう言って、母さんは最初俺に渡すつもりで持ってきていたであろうバスタオルを、押し付けるように琴美に渡す。
「……わかりました、ありがとうございます」
まだ気にした様子だったが、琴美は受け取ったタオルでざっと身体を拭いた後、母さんに連れられるように風呂場へと向かっていった。
一通り琴美に説明をしたであろう母さんが、こちらに戻ってくる。
「母さん、悪いんだけど琴美に着替えを貸してやってくれないかな? 男性ものじゃイヤだろうし、どんなものが必要かもわからないし」
「わかったわ。でも、その前に」
さっき脱衣場から追加で持ってきたであろう、バスタオルを俺の方に投げて寄越す。
「あんたもしっかり身体を拭きなさいよ。レディファーストを忘れなかったのは及第点だけど、あんたが風邪ひいたら気にするのは琴美ちゃんなんだからね」
確かに、琴美は度々俺の事を気遣ってくれていた。これで俺が風邪をひいたら確かに自分のせいと思ってしまうかもしれない。
「……肝に銘じます」
俺は身体をよく拭きながら、素直に応じた。
「あと、あんたが風邪ひいたら看病するのは私だし」
「いつもありがとうございますお母様」
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しばらくすると、風呂から上がった琴美が、脱衣場から出てきた。
母さんの持っている、ゆったりとしたTシャツとズボンを着た、ラフな格好なのだが、風呂上がりということでほんのりと頬が上気していたり、早く浴室を空けるためだろう、ドライヤーを手に持って、髪を乾かす前の姿で現れたことから、いつもの琴美とは違う色気を感じてしまう。
「つ、次どうぞ……」
「お、おう……」
お互いに謎の緊張を抱えつつも、俺も風邪をひいてはいけないから、すぐに琴美と入れ替わりで風呂に入る。
しばらくは、とりあえず温まることしか考えていなかったのだが、段々と身体も温まってきて、思考も落ち着いてきて。
「そういえば、この風呂に琴美も入ったんだなあ……」
ふとそんな考えが浮かんできてしまった。
自分でも気持ちの悪い発想だと思って自己嫌悪してしまうが、なんだか突然この浴室が全然違うものに感じてしまって、悶々とした気持ちで風呂の時間を過ごしたのだった。