第36話 メイドの姿
その日は、衣装合わせの日だった。
クラスの接客担当が順々に更衣室に入って、着替えて、順々にクラスに戻ってきて、みんながその姿を確認していく、ということが順々に行われていた。
そんな中、俺もなぜか接客担当になってしまったので、俺も用意された燕尾服に着替えをしていた。
なんでも、「彼氏として、琴美の担当の時に変な虫がつかないか見張っててよ」とのことだった。
俺に何ができるかはわからないけど、何か危ないことがないように頑張らないとな、彼氏として。
そうしているうちに、燕尾服を着終わる。
事前に採寸を済ませていただけあり、細身の俺にもピッタリなサイズだった。
入学したてのころの俺が着ていたら、また服に着られたような姿になっていただろうけど、髪型とか気を付けだした分、ちょっとはマシになっているといいな。
そんなことを考えながら、更衣室を出て教室に向かおうとすると。
「あっ」
「あっ」
なんと、同じタイミングで、メイド服への着替えを済ませた琴美が、女子更衣室から出てきた。
「っ!?」
その瞬間、思わず息を飲む。
それくらい、琴美の美しさは衝撃的だった。
琴美が身に着けているメイド服は、スカート丈が足首の位置まであるクラシカルスタイルのもの。
黒の長袖のトップスにスカートは紺地に白のひらひらしたエプロンがついて、コントラストを強くつけられている。
デザイン的には派手さは抑えられているはずなのに、それが逆に琴美のスタイルの良さと、整った顔立ちを引き立てている。
そんな琴美の美しさは、まるで輝いて見えるようだった。
「えへっ、どうかな?」
そう言って、琴美は俺の前で衣装を見せるようにゆっくりとくるくる回ってみせる。
「すごく……すごく綺麗だよ」
思わず、語彙を失ってしまったかのようだけど、思った言葉をそのまま伝える。
「うん、ありがと」
琴美ははにかみながら、そう答えてくれる。
その笑顔もまた、俺にはとても眩しく見えた。
「悠珠も、よく似合ってるよ」
「えっ、あっ、ありがとう」
琴美もそう言ってくれた。
自分ではあまり実感しないけど、本当に琴美がそう思ってくれたら、嬉しいな。
「じゃあ、行こっか」
そう言って、琴美は手を差し出してくる。
俺はその手を取って、共にみんなの待つ教室に歩いて行った。
そうして、俺たちは二人並んで、教室の中に入る。
その瞬間、きゃあ、とクラスのみんなからの歓声が上がった。
主に女子メンバーから、すごい、かわいい、といった声がきゃいきゃい上がって、大いに盛り上がっている。
女子から見ても、やはり琴美は素敵なのだ。
男子メンバーは、表立って歓声を上げるのは控えてくれようとしてくれているのか、どちらかというとざわざわとした雰囲気になっている。
そして、やっぱり、綺麗、美しい、という声が聞こえてくる。
そんな反応を見て、琴美はどんな受け止め方をしているのかな? と思って、琴美の方を向く。
そのとき、琴美もこちらを見て、目が合った。
そしてその瞬間、ちょっといたずらっぽい笑みになったかと思うと、俺の方に身体を向けた。
どうしたのかな? と俺も琴美の方を向く。
すると。
「おかえりなさいませ、旦那様」
そんな言葉とともに、スカートのすそをちょいとつまんで、頭を下げ、いわゆるカーテシーの動作を見せた。
その所作が、あまりに美しくて、思わず言葉を失ってしまうほどだった。
少しの間、頭がフリーズしてしまっていたが、ええと、そういうことを接客担当はやるノリなのだろうか?
だったら、俺も、何か言った方がいいのかな!?
「お、おかえりなさいませ、えっと、お、奥様?」
琴美に合わせて、執事風の礼の真似をしながらそう言ったものの、動きも言葉もたどたどしいようなものになってしまった。
琴美も、くすくすと笑って、
「お嬢様、でしょ?」
と訂正してくる。
パニックになりすぎて、セリフを間違えてしまった。
恥ずかしさがこみあげてくる中、琴美は俺の耳元まで来て、
「今の言葉は、私以外に言っちゃ、ダメだよ?」
そんな言葉をささやかれて、俺の頭はボフンと音を上げ、そこからしばらくのことは覚えていない。
「琴美、さすがにやりすぎ」
「えっ、何のことかな?」
「いや、今の。いくら緒方くんにもちょっと黄色い声が上がったからって、あそこまでやるのはオーバーキルでしょ。しかもご主人様、じゃなくて旦那様って……」
「いや、そりゃあね、悠珠はアタシのだし」
「……はあ、付き合わされる緒方くんも大変だこりゃ」
俺が琴美の言葉に立ち尽くしている間、女子グループではそんなやり取りがあったとか。




