第35話 準備の日々
これまでの俺は、文化祭のような学校行事にはほとんど関わってこなかった。
俺自身、友達がいなかったし、クラスの人も俺を仲間に加えようとしていなかった。
だけど。
「じゃあ、琴美と緒方くんは、こっちのシートを塗っていってくれる?」
東浜さんからの声で、琴美と一緒に、シートに向かう。
「じゃあ、アタシはこっちからやっていくね」
「うん、じゃあ俺はこの辺を」
そう声を掛け合って、二人でシートに絵の具を塗っていく。
クラスの人から声をかけられて、小道具づくりに協力して。
そして。
ふと顔を上げると、一緒に作業している琴美と目が合う。
そうすると、お互い、微笑み合って。
胸が温かくなるのを感じながら、また作業に戻って。
そんな、いわゆる「青春」めいた関わりに、自分が関わっている。
こういうのも、なんか、いいな、と思っていた。
「おーい、そこのバカップル、いちゃついてないで手を動かせー!」
……そんな、東浜さんからの指摘なんかも、受けたりしながら。
*******
またある日。
「ねえ、この辺の荷物、男子たちで協力して、運んでいってくれない?」
そんな女子の声に、手伝おうと立ち上がると。
「あっ」
「あっ」
ちょうど同じタイミングで立ち上がったのが、前田智くん。
以前、琴美に告白していた男子だった。
「……」
結局、前田くんと二人で荷物を運ぶことになったが、お互い無言の時間が続く。
いや、ちょっと、気まずい。
前田くんが告白したタイミングと、俺と琴美が付き合ったタイミングは、そこをきっかけにしたんだから、もちろん同時期だ。
だから前田くんが琴美に告白したことを、俺が知っていると、前田くんも思っているだろう。
もしくは事実通り、その時聞いていたかもしれないと、思っているかもしれない。
自分が失恋した原因である人について、どう思われているのか、恨まれたりしているのか。
そんなことをグルグルと考えていると。
「別に、恨んだりとかは、してないよ」
そんな言葉を、前田くんからかけてくれた。
「えっ、えっ?」
まるで自分の頭の中を覗かれたような言葉に、思わず驚く。
「いや、そんなこと考えてそうな顔してたからさ」
優しく苦笑したような表情で、そう言ってくる。
「いや、そりゃ、思うよ。申し訳なさもあるし。実は、前田くんの告白を聞いてた、という負い目もあるし……」
「まあ、時期的にね、そうだろうなとは思ってたよ」
前田くんは穏やかに話してくれるけど、なかなか顔を合わせづらい。
やがて、俺の手が荷物の重さでだいぶ痛くなってきたころ、運び先に到着して、二人で荷物をおろす。
「別に、俺が甲斐さんを好きになったのは、好きになってくれると思ったからじゃないからね」
そう言って、前田くんはこちらを真っ直ぐ見て。
「だから、甲斐さんが幸せそうにしてるのは、俺にとっても嬉しいことだから。幸せにしてやってくれな」
そう、伝えてくれた。
その言葉に、俺はしっかりと頷く。
やっぱり、前田くんは、いい人だ。
きっと、今後彼にも、素敵な人が現れるだろう。
そう、思える人だと思った。
「まあ、それはそれとして」
パァン!
思い切り、彼に背中をはたかれた。
「嫉妬くらいは、させてくれ、な」
そう言って、前田くんはいたずらっぽく笑った。




