第18話 大丈夫
今更な話であるが、琴美は、アクティブな女性だ。
なので、琴美には、江藤さんをはじめ、クラスに友人が多い。
「都由〜、すき〜!」
今もこうして、江藤さんの腕に向かって抱きついている。
えっと、つまり何が言いたいかというと。
琴美は、いわゆるボディタッチが、多いタイプの女性であるということだ。
そんな琴美のボディタッチは、男性である俺に対しても同様で。
いや、恋人だからこそ、むしろ他の人より多いかもしれない。
前に、俺のヘアセット中に無造作に髪を触ってきたときもそうだったし。
ましてや、この間、帰り道に、その、腕に抱きつかれたり。
あとは、その、琴美の家の前で、キ、キスを、されたり。
も、もちろん、イヤなわけじゃない! イヤなわけない!
た、ただ、ね、琴美に触れられると、その、ドキドキして。
それを、その、抑えるのが大変なのだ。
******
今日は、学校の帰り、琴美は俺の家に寄っていた。
今日は母さんが用事があって夕方まで帰ってこないということで、二人で家で遊ぶことにしたのだ。
前の雨の日のように、家のお菓子を並べながら、二人並んでゲームをしていた。
今回は、対戦ゲームではなく、二人協力プレイで、対戦相手はオンライン上の相手だ。
「悠珠、東側からシューターが狙ってる!」
「オッケー、接近して撃退する。西側は頼む!」
「任された!」
こんな感じで、声を掛け合いながら戦いを進めていき。
タイムアップとなって、画面には俺たちの勝利と大きく映し出された。
「やったー! いえーい!」
喜びから、俺にハイタッチをしてくる琴美。
ところが、琴美と俺がぴったりくっついて、距離が近すぎて。
そして、琴美のハイタッチする勢いが強すぎて。
俺は琴美のハイタッチを受け止めきれず、琴美の身体と一緒に後ろに倒れこんでしまった。
「いてて……」
倒れこんで驚きが先行した俺だったが、段々と状況を認識し始めてくる。
現在、背中から倒れこんできた俺に、琴美の身体が覆いかぶさっている。
つまり、その、琴美の身体が、俺の身体に、密着しているわけで。
「……っ!?」
そして、琴美の身体の前面が、俺の身体に密着しているということは……。
その、琴美の、柔らかい部分の感触が、俺の身体に直に伝わってくるわけで……。
「あはは……ごめん悠珠……っ!?」
倒しちゃってゴメン、という感じで話してくる琴美が、突然琴美が驚いた表情に変わる。
途端、琴美が飛び跳ねるように俺から離れる。
その反応を見て、俺は顔が青ざめていく。
俺の、その、下半身が……固くなっているのを、琴美に触れさせてしまったのだと。
「ゴメン!!」
俺は即座に琴美に背を向ける。
そうしている俺に、強い強い罪悪感が押し寄せる。
琴美を、怖がらせてしまった。
散々、琴美のことが好きだと、大切だと、繰り返していたのに。
こうして後ろを向いている間も、身体の反応は収まらない。
そんな自分が、心底イヤになる。
あれこれと言っても、所詮お前はただのオスなのだと。
魅力的な女を、モノにしたいだけなのだと。
あの中学の時の、琴美に告白していた男子のように、と。
俺も、琴美のことを怖がらせる存在に過ぎなかった、その事実に、自分の手を握る力が強くなり、手に爪が食い込むのを感じる。
どれくらい、そうしていただろうか。
「よし!」という、意気込む声が、後ろから聞こえた。
かと思うと。
ギュッ。
琴美に、後ろから抱きしめられた。
俺の身体に、ピッタリと、密着するように。
当然、胸の柔らかさも、俺の背中に、大いに伝わって。
またも反応する自分の身体に、嫌悪感が浮かんでくる。
「……大丈夫」
そんな俺に、琴美は優しくささやいてくれる。
「……ごめん、琴美のこと、怖がらせてるのは、俺なのに」
そう情けなく呟く俺に。
「大丈夫、身体が反応しちゃうのと、欲望のままに迫るのとは、違う。全然、違う」
琴美はそう、諭すように言う。
「さっきは、ちょっと驚いちゃっただけだから。悠珠が、アタシのことを大切にしていることが、わかるから。その気持ちがあれば、大丈夫」
俺の気持ちを、解きほぐすように。
「私は、悠珠を信じられるから」
琴美は、俺の欲しい言葉をくれた。
思わず、涙が頬を伝う。
俺は、幸せ者だなあ。
俺は涙を袖でバッとぬぐい、琴美のほうに向き直る。
「……ありがとう、琴美」
「うん!」
俺の大好きな笑顔を、琴美は向けてくれた。
そんな琴美に、俺も何か応えたいと思って。
「琴美、ひとつ、お願いしてもいいかな?」
「うん」
「琴美のこと、抱きしめてもいいかな?」
そう、俺が真っ直ぐ琴美を見つめて言えば。
「……うん。悠珠となら、いつでも」
琴美は目を細めて、そう返してくれた。
その言葉を受けて、俺は緊張しながらも、ゆっくりと琴美に近づいて。
そっと、琴美と抱き合った。
琴美の身体の柔らかさに、身体が熱を帯びながらも。
胸には、俺を落ち着かせるような、温かなものが広がっていって。
俺は、ようやくちゃんと、琴美の隣に並ぶことができたような、そんな気持ちが浮かんだのだった。




