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第17話 今、思えば

 ある日、アタシ、甲斐琴美は、女子グループで昼食を食べていた。

 ……念のため言っておくと、悠珠とはちゃんと付き合ったままだよ?

 もちろん、悠珠とご飯を食べることもあるし、その、それはとても幸せな時間だけど。

 女子の付き合いには、こういうことも、あるのです。

「それでさー、待ち合わせ場所に行ってみたら、告白されてさ! マジビビったわ」

 そんなグループの中で今中心として話しているのは東浜(ひがしはま)菜生(なお)さん。

 明るめの茶髪とキメキメのメイク、それにあっけらかんとしたしゃべり方が彼女の快活さを表している、元気なクラスメイトだ。

「えーっ、そういうのって、なんとなく予兆みたいなのがあるんじゃないの?」

「いやいや全然。そいつとは腐れ縁っていうかさ、たまたまずっと学校が一緒だっただけっていうか。全然そんな素振りなくって。絡みも多くなかったし」

 どうやら、東浜さんの幼馴染の男の子が、先日フラれたらしい。

「ていうかさ、聞いて! そいつ小学校のときさ、男子グループで『お前、東浜のこと好きなんじゃね?』って聞かれてた時、『誰があんなブスのこと好きになるか!』って言ってたんだけど。マジありえなくね?」

「あー、あるよね、小学生男子が好きな女子の悪口を敢えて言うヤツ」

「それそれ! 言われてる側からしたらただただムカつくだけだし、好感度ダダ下がりだっての」

 そんな感じで、会話がトントンと進んでいたのだけど。

「そういやさ、緒方くんって、小学校のときからの幼馴染で、最近琴美と付き合ったんだよね? 緒方くんからはそういう悪口、なかったの?」

 突然そんな話を振られて、思考が小学校時代に戻る。

 あの時は周りから悠珠が煽られて、悠珠も大変で……。

 ……あれ?

「……ないかも」

 たっぷりの時間考えて、アタシはそう答えた。

「かーっ、やっぱり琴美の彼氏ぐらいになると違うね! 子供の時から育ちがちげえんだわ。そいつも緒方くんの爪の垢飲んで出直せーって感じ」

 ……違う。

 そんな軽い話ではなかった。

 あの時の悠珠の煽られ方はひどかった。

 毎日毎日、アタシと一緒にいるたびに、周りから暴言を吐かれて。

 それこそ、そこから逃げるために、アタシとの無関係さを強調するために。

 アタシを突き放す言葉を言ってもおかしくないくらいだったのに。

 ……なのに、アタシには、悠珠からひどいことを言われた記憶はない。

 

 女子グループでの会話はもう次の話題に移っていたが、アタシの思考はずっと、そのことに囚われたままだった。


******


 アタシのぐるぐるとした思考は、学校が終わって、悠珠と一緒に帰るときも引っかかったままだった。

 悠珠の顔を見ると、また小学校時代の悠珠の想像が浮かんでしまう。

 

 あの時、悠珠に無理をさせてしまったんじゃないだろうか。


 あの時、悠珠一人に全部負担を背負わせてしまったんじゃないだろうか。


 あの時、悠珠の負担の捌け口に、アタシがなっていたほうがよかったんじゃないだろうか。


 帰り道、悠珠との会話をしながらも、頭の中ではそんなことばかり考えていた。


「……琴美、なにかあった?」


 電車から降りて、家の最寄り駅から歩き始めて少し経った頃、悠珠にそんな言葉をかけられてしまった。

「……ごめん、顔に出てたかな?」

 あまり悠珠には話したくなかったんだけどな。

 また悠珠に、甘えてしまいそうだから。

「話してくれる?」

 悠珠は優しい目を、アタシが好きな目をして、見つめてくる。

「いや、本当に、面白くない話で……悠珠の小学校時代の話なんだけど……いい?」

 さすがに、悠珠も一瞬驚いた表情を見せたけど、すぐに表情を戻して、真っ直ぐアタシを見つめて、頷いてくれる。

「琴美が悩んでいるなら、どんなことだって、力になりたい。なれないと嫌だ」

 悠珠はそんな言葉で、アタシを後押ししてくれる。

 本当に、悠珠は優しい。

 そんな悠珠に、アタシは(ほだ)され、口を開いていく。

「いやね、お昼に、クラスの女子で、幼馴染に告白された子がいて、告白した男子が、昔、女子との関係を囃し立てられたときに、つい悪口を言っちゃったことがあった、って話になってて。……それで、アタシは悠珠に悪く言われたことないな、って……。悠珠はあんなに辛そうだったのに、って……」


 悠珠は、アタシの悪口を、言ったことがなかった。

 ゲームを一緒にしているときの、プロレス的なやり取りがあったのがせいぜいで、それでもキツい言葉は使ったことがなかった。

 悠珠が、アタシのことを好きなんじゃないかと、からかい口調で煽られたときも。

 悠珠が、「こいつ、甲斐のこと好きなんだってよ〜!」と、クラス中に聞こえるように吹聴されたときも。

 悠珠が、アタシとキスをするよう囃し立てられたときも。


 悠珠は、アタシの悪口を、一度も言わなかった。


『琴美のことなんか、好きじゃねえよ!』

『誰がこんなブスと付き合うか!』

『こんなブスと、キスなんてできるか!』


 そんな言葉で、自分の苦境から少しでも抜け出そうとしても、おかしくなかったのに。


 それでも悠珠は、アタシに攻撃的な言葉を使うことは、一度もなかったのだ。


 それが、悠珠に負担を全て背負わせているようで。

 悠珠に申し訳なくて。


 そんな気持ちで、悠珠に今日のことを話していた。


 ただ、そこまで話した後、アタシは、悠珠からの返事が、しばらく間をおいても来なかったことに気がついた。


 そこで、これまで俯いていた顔を上げ、悠珠の顔を見る。


 その顔は、少しそっぽを向いた感じで、頬が赤く染まっていて。


「その、ええと、好き、だったんだと、思うよ、うん、その時から……」


 少し経って、たどたどしく、そんな言葉が帰ってきたのだった。


 そこで初めて、アタシの言葉が、「その時から、悠珠はアタシのことが好きだったの?」なんて、言葉を催促するかのような言葉とも取りうることに気がついた。


 アタシは、急いで弁明した。

「い、いや、今のは、催促してるとか、そういうのじゃなくって! アタシが悠珠に辛いことをずっと抱えさせてたって、申し訳ないなって、そういう言葉で……」

 アタシの顔も、熱を帯びてくるのを感じる。

「わ、わかってる! 琴美は催促とかじゃなくて、俺のことを心配してくれてるんだって! でも……」


 悠珠もわたわたとしてしまうが、そこから深呼吸を一つして、表情を作り直して、アタシのことをハッキリとした目で見て。


「でも、言わなきゃって、思ったから。俺は、琴美のことが好きだから、琴美を悪く言いたいと思ったことは、一度もないって」


 そういう悠珠の目は、どこまでも真っ直ぐで、思わず見惚れてしまう。


「当時は、あんまりちゃんと自覚できてなかったけど、今思えば、あの時から、好きだった。だから、琴美が気にする必要のあることなんか、何もなくって。琴美を悪く言うことで中傷から逃れようなんて、考えたことなかったから」


 そんなことを言われてしまえば、アタシはもっと悠珠のことを好きになってしまう。

 胸に暖かい気持ちが溢れて、涙腺から零れそうになってしまう。


 だけど、そう何度も悠珠には涙を見せたくなかったから、悠珠の腕に顔を当てて、腕に抱きつくように密着して顔を覆うことで、アタシは涙を誤魔化した。

「こ、琴美!?」

 悠珠は困惑したような声を出したけれども。


「ああ、アタシ、幸せだなあ……」


 顔をうずめたままそう呟くと、悠珠はアタシの涙が収まるまで、されるがままでいてくれた。


 ありがとう、悠珠。


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