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後日談4話 緒方家料理教室

 今日も朝に琴美が俺の家に来ていて、俺の朝の準備を待っていた。

 髪を整え終えた俺は、最後に鞄に弁当をしまい、手に取って、琴美と一緒に玄関へ向かう。

「悠珠、今日も椿妃さんのお弁当かあ、いいなあ」

 そんな言葉を、琴美はポツリとつぶやく。

 確かに、母さんの料理は美味しいという、自覚はある。

「……憧れちゃうなあ」

 何気なく発した、琴美のそんな言葉に。


「あら、じゃあ、今度教えてあげましょうか?」


 母さんが、両手をぽん、と叩いて、そんな反応をした。


 驚く琴美に、母さんが耳元まで近づいて、


「悠珠の胃袋、掴めちゃうかもよ?」


 俺には聞こえなかったが、何かささやいていた。

 その言葉はちょっと琴美の顔を赤らめたものの、

「やります! やらせてください!」

 なんて明るい顔で返したのだから、まあ、きっと悪い言葉ではないのだろう。


 こうして、母さんによる琴美への料理教室の開催が決まった。


******


「それじゃあ、始めましょうか、琴美ちゃん」

「はい! よろしくお願いします!」

 その週の土曜日、お昼。琴美と母さんの元気な掛け声から、料理教室は始まった。

 会場はもちろん、俺の家ということになる。

 キッチンで琴美と母さんが二人でワイワイと準備を始める中、俺は今のところ見ているだけだ。

 当然、手持ち無沙汰になる。

「えっと、本当に俺は何も手伝わなくていいの?」

 つい、そんな声をかけてしまうけれど、

「いいのよ、悠珠には琴美ちゃんの料理を食べて、あまりの美味しさにメロメロになるっていう、大事な役割があるんだから」

 なんて、母さんに返された。なんだそりゃ。


 というか、まあ、もうとっくに俺は、琴美にメロメロなんだけどな……。


******


 そうして、琴美と母さんが作業を進めていく中、俺はリビングで、その様子をチラチラと見つめていた。

「あうっ、玉ねぎが目に染みるっ!」

 琴美がそんな定番セリフを言ったり、

「そういうときはね、こんな風に包丁を滑らせるようにして……」

 母さんが手取り足取り教えたりして、料理は順調に進んでいった。

 今のやりとりなんかは、微笑ましいものだけど、


「……」


 焼き加減を見るときの、琴美の真剣なまなざし。

 それを眺めながら、かっこいいな、なんて思ったり。


 そんな様々な琴美の姿を眺めていると、不思議と、待ち時間もあっという間に過ぎ去った。


******


「じゃーん! 完成!」

 しばらくすると3人分の盛り付けも終わり、琴美と母さん、そして俺の前にご飯のプレートが揃っていた。

 メイン料理は、ハンバーグだった。

 俺の好きな料理でもあり、母さんの得意料理でもあった。

 作り方はシンプルで初心者にも手を付けやすいものではあるが、火加減が意外に難しく、表面を焦がしてしまったり、逆に中まで火が通っていなかったりなど、注意点もしっかりある料理である。

 ただ見た感じ、強い焦げの部分は見当たらないし、よく火が通っていることを示すように、白い湯気が見受けられる。

 美味しそうだ。

 かけられているソースにも何か複数の調味料を混ぜた独自のものを使っているようであるし、付け合わせの焼き野菜やご飯、大根のお味噌汁まで揃っている。

 これが琴美の努力の結晶かと思うと、なんだか嬉しい思いがこみ上げてくる。

「いただきます」

 いつもよりちょっと、しっかりめに挨拶をして、まずはハンバーグを切り分けてつまんで、口に入れる。


「……美味しい」


 思わず、声が出た。

 当然、食べる前は、「彼女の作ってくれた料理なんだから、きちんと感謝を言葉にしないとな」とは頭の中で考えていた。

 ただ、そんな打算とは関係なしに、美味しいとすぐに頭に浮かぶような味だった。

 中まで十分に火が通ったお肉は、噛んだ瞬間に肉汁の旨味が溢れる。

 一緒に練りこまれた玉ねぎの甘さも、かけられたソースの味も、その旨味を引き立てている。

 焼き野菜も肉汁を吸って野菜本来の味も引き立っていて、お味噌汁の大根もダシを十分に吸って美味しくなっている。

 つい、夢中になって、バクバクと食べてしまう。

 そんなとき、ふと顔を上げると、琴美が俺の方を見ていた。

 そういえば、まだちゃんと琴美の顔をしっかり見て、感謝を言ってなかったな。

「琴美、とっても美味しいよ。作ってくれて、ありがとう」

 そう言うと、琴美はちょっと目線を逸らして、

「そ、そう? よかった……」

 なんて照れくさそうに返してくれた。

 そこまではよかったのだが。

 ふと、隣で意味ありげな微笑みを浮かべる、母さんの顔が目に入ってしまった。

「……なにさ」

 ぶっきらぼうに母さんには声をかける。

「ううん、別に? 琴美ちゃんは、悠珠の胃袋を掴めたのかなーと思って」

「!?」

 そんなことを急に言ってきて、びっくりしてしまう。

 ……でも。

「それは……その……もちろん」

 嘘は言えない。

 こんな料理を毎日食べられたら、幸せだと思う。

 ましてやこの味が、大好きな人が俺のために頑張ってくれた成果だと思うと、胸がいっぱいになる。

 これが、「隠し味は愛情」なんて言葉の意味かもなあ、なんて考えも浮かんでくる。

 ……本当に、料理で俺は琴美にメロメロにされたのかもしれない。これまでよりも、さらに。


「そ、そう? それなら、アタシもっと頑張っちゃおうかなーっ!そのうち、悠珠のお弁当とかも、アタシが作ってあげちゃうようになって。悠珠が、アタシの料理じゃなきゃ満足できないような身体にしちゃったりして!」

 顔を可愛く染めながら、琴美がそんなことを言ってくる。

 毎日、お昼に琴美のお弁当を食べられる。

 そうなったら、きっと、とても幸せな毎日となるだろう。


 ……でも。


「その時は、俺も料理を覚えて、琴美のお弁当を作ってあげたいな」


 そんな思いが、ふと浮かんできた。


「俺も琴美の胃袋を掴むような、その、琴美にとって、魅力的な人に、なりたいからさ」


 言ってて途中から恥ずかしくなってくるが、偽らざる思いだ。


 俺だって、琴美には俺に夢中になってほしい。そうする努力をしたい。


 そんな思いを言葉にしたとき、琴美は顔を両手で覆い、後ろを向いてしまった。


 その顔は、耳まで真っ赤だ。


「……どうやら、心は掴めたみたいよ?」

 母さんは、そんなことを言ってくる。

 恥ずかしくたって、ここは反発してはいけない。琴美に誠実でいたい。

「……もしそうなら、そのままずっと掴んだままでいられるように、頑張るよ」

 顔が熱くなる自覚をしながら、必要な言葉を言う。

「ちょっと待って! 今絶対ニヤついた変な顔になってるからこっち見ないで!」


 そんな言葉を早口で言う琴美の可愛さに、改めて俺が心を掴まれたことは、言うまでもない。


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