後日談3話 夏服購入デート
とある日の、学校からの帰り道。
「そういえば、そろそろ夏服を買いに行かなきゃだねぇ」
琴美が突然、そんなことを言いだした。
「えっ、まだ5月に入ったばっかりだろ?」
確かに少しずつ暑い日は増えてきたけれど、まだ「夏」という感じはしない。
「いやいや、悠珠、ファッション業界では、もう4月後半には夏用の服を売り始めるんだよ。本当に夏になってからだと、いいものはもうほとんど売り切れてるんだよ?」
琴美は人差し指をぴんと立てて、俺に諭すように言う。
「そういうものなのかあ、ファッションって大変なんだな……」
今までどんな服を着るかに頓着していなかった俺にとっては、まだ理解が追い付かない世界だ。
「と、いうことで、悠珠、今度一緒に買いに行こう!」
おー! という感じで笑顔でこぶしを挙げる琴美。
こうして、緒方悠珠着せ替え人形化プロジェクトの第2弾の開催が決定したのだった。
……別に俺も、嫌なわけじゃない。
……だって、琴美とのデートだし。
*******
デートの当日。
俺は、以前のようにショッピングモールの最寄り駅で待っていると。
「お待たせー!」
琴美が改札を降りて、俺の元までやってきた。
俺の恰好は以前琴美と買った服から、前より暑くなったということでジャケットを着ないで来ただけなのだが、琴美の服装は以前と変わっていた。
前回はもっと落ち着いた色で上下合わせていたのが、今回は少し明るめの青のワンピースだった。
それをベルトのような紐のようなもので腰の位置で縛り、琴美のスタイルの良さを強調している。
そこからさらに、ワンピースとは少しだけ色の違うケープのようなものを羽織り、アクセントをつけていた。
とても夏に似合う、お洒落なコーディネートだった。
……こういうときは、きちんとファッションを褒めないと、だよな。彼氏として。
「えっと、その、なんというか、今日も可愛いね」
「ふふっ、何そのナンパみたいな言葉!」
……たどたどしくなりすぎて、琴美に笑われてしまう。
確かに、そんな言葉になってしまった。難しいな……。
「えっと、だから、とにかく今日の琴美は、いや今日も、美人だなと、思って……」
とにかく、たどたどしかろうとも、琴美になんとか伝えないと。
そう思って、必死に言葉を紡いでいく。
……やばい、顔が熱くなってきた。
「やだもう、こっちまで恥ずかしくなってくるじゃん! もう行こ!」
そう言って、琴美は俺の手を取ってショッピングモールへと歩き出した。
俺もついていき、なんとか琴美の隣に並んで歩く。
そのとき。
「……でも、ありがと」
琴美が上目遣いで、ぼそっとそんな言葉をかけてくれた。
俺の顔が、ボフン! と音がなったかのように赤くなったのは、言うまでもない。
******
ファッションコーナーは、琴美の言った通り、既に夏用の服で溢れていた。
今まで全然意識して見てなかったけど、そうだったんだなあと感心する。
「さて、悠珠、例えば今日のパンツに合わせるとしたら、どのシャツがいいでしょうか?」
琴美が弾むような声で、急に問題を出してきた。
「えぇ~、う~ん……」
俺はこれまで考えてこなかったことに解を出すために、頭をひねる。
思い出せ、前に琴美が母さんと、俺に着せたい服について議論していたとき、なんて言っていた?
朝、俺の家に来て俺の準備を待つ間、琴美が読んでいたファッション雑誌にはどんな服装の男性が載っていた?
だから、琴美が思うであろう、かっこいい男性の服となったら……。
「……これかな?」
グレーというには少し薄めの色に、白のボタンが付いた、袖が七分丈のシャツを手に取る。
「……おお、いいねえ、ちょっと意外」
琴美は本当に驚いたようで、目を丸くしていた。
どうやら、正解を引いたらしい。
「……っし!」
俺はその表情に、小さくグッ、と手を握る。
でも。
琴美の表情は、ちょっと色々な感情を含んだような、苦笑い気味の顔になっていた。
「……どうした?」
「え、いや、何が?」
「いや、なんか考え事してるような顔だったから」
「えー、そんなことないって!」
琴美は笑ってそう言うけれど、俺としてはやっぱり不安だった。
「琴美、思うことがあるなら、なんでも言って。俺は、琴美のことなら、なんでも知りたい」
だから、目をじっと見ながら、はっきり言った。
琴美は俺の言葉に、じりっ、と後ずさりした後、観念したように、目を逸らしながら、
「だって、悠珠がファッションのこと、全部自分でできるようになったら、アタシいらないじゃん、って、思って……」
そんな言葉を、口にした。
「……なんで?」
俺は単純に、疑問が口から出てくる。
「俺のお洒落着は、全部琴美のためにあるんだから、琴美が気に入ってくれる服じゃないと、意味ないじゃん」
思ったままのことを、そのまま口にする。
なんで琴美がそんなことを言っているのか、本当にわからなかったから、当たり前なことだけど、はっきりと伝えた。
すると、琴美は額を俺の腕に当て、ぐりぐりとしはじめた。
額とはいえ琴美の感触に、ドキドキしてしまう。
「えっと、琴美……?」
「ねえ悠珠、チューしていい?」
「どうした急に!?」
顔を上げて急にそんなことを言う琴美に、俺は思わず後ずさる。
「だって、だって! そんな言い方! 可愛すぎるでしょ!」
グイグイと琴美が俺に迫ってくる。
「ちょっ、い、今は、人の往来があるから!」
そう言って琴美を抑えるのに、けっこうな時間がかかった。
******
そんなことがあった、デートの帰り道。
……なんだかんだ言って、やっぱり今日も楽しかったな。
琴美も、隣で楽しそうな笑顔を浮かべているし。
……やっぱり、琴美は綺麗だな。
そんなことを思いながら、琴美を家まで送るころには、太陽はちょうど沈みかけていて。
少し暗さが出ていたこともあり、琴美に何か言いたくなった。
「あ、あのさ!」
琴美の家に着く直前、俺は琴美を呼び止めた。
思った言葉を、そのまま口にする。
「えっと、その、今なら、しても、いいよ、チュー……」
伏し目がちになる俺から出た言葉は、そんなものだった。
「い、いや、その、ここなら人の往来もないし、ちょっと暗くなってるし、大丈夫かな、って、そう、思って……」
自分でも何を言ってるんだ、と思いながらも必死に言葉を繋いでいると。
突然琴美が両腕を俺の首元に回し、俺の唇に、琴美の唇を重ねてきた。
俺は突然のことに戸惑いながら、それでいてこの柔らかい感触はしばらく離したくないような、色々な感情が混ざって、頭がグルグルしていた。
でも、どこか、満たされていくような感覚があった。
どれぐらいそうしていただろうか、離れたときには、お互い息が上がっていた。
「悠珠、可愛すぎ! 他の女の子にそんな姿見せたらダメだからね!」
琴美は赤い顔でハキハキとそう言うと、逃げるように自分の家の中へと入っていった。
俺はといえば、しばらく呆然と琴美の家の前に立ち尽くして。
「……琴美以外に、言うわけねえだろ」
そんな言葉をポツリとつぶやいて、自分の家に向かって歩き出したのだった。




