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後日談2話 体育の授業にて

 その日は、体育の授業の日だった。

 体育は運動の仕方を教わるというより、ただ何らかのスポーツを突然やらされるだけなことが多くないだろうか?

 いや、俺はスポーツ自体嫌いなわけではないからいいんだけど、上手いやり方を教えてくれないからなかなか上手くできなくて、そのことが少し不満である。

 ……上手くできないのは運動神経が悪いからだろって? うるさい、言い過ぎだぞ。

 そ、それはともかく、そんなことで、俺はスポーツを体育でやっているというわけだ。

 その日の体育の競技は、男子がソフトボール、女子がフットサルとなっていた。

 まあ男女でグラウンドが違うから、琴美とは違う場所でやっているのだけれど。

 ……琴美は今頑張っているのかなあ?

 そんなぼんやりとした態度でいるのは、俺が9番ライトで出ていることが理由だったりする。

 プロ野球とかと違って、素人メンバーでは、左利きの打者は少ないし、右利きの打者がライトにまで打球を飛ばすのは難しいため、ほとんど打球が飛んでこないのだ。

 ……本当は、カバーリングというものをしないといけなかったと後から聞いたのだが、その時の俺は知らず、要するに暇をしていた。


「やっべ、次のバッター前田だ、内外野バック!」

 俺のぼんやりした時間が終わったのは、そんな声がピッチャーから聞かれたときだった。

 前田くんというのは、野球部に所属しているクラスメイトだ。

 体育の授業なので、野球部がただホームランを打つだけの試合になるのはよくないよと教師から伝えられてはいるが、野球部のバッターならライト方向に打球を打つこともできるだろう。

 ……一応ついでに言うと、前田くんは先日俺が目撃した、琴美に告白していた生徒である。

「いけー、(さとし)―!」

 相手チーム側の人たちも、前田くんの下の名前とともに応援をしている。

 クラスの注目が集まった場面で前田くんは、


 バコン!


 強い打球音とともに飛んでいった打球は、ファーストの頭の上を鋭く超え……、

 ……ライト線のフェアゾーンで弾み、駆け抜けていった。


(ひえええええ!)

 ライトを守る俺は、この打球を走って追いかけなければならない。

 実は(なり)(ひら)高校のグラウンドは、ライト方向がレフト方向よりも奥行きが広くできている。

 なので打球は遥か遠くへ転々としていき、俺はすごい距離を走らされた。

 やっとのことで追いつき、ヘロヘロとした俺の送球が中継にまで届いたとき、前田くんは既にホームベースまで到達していた。ランニングホームランである。

 その様子をぜーぜー肩で息をしながら見ていた俺に対し、前田くんは「ゴメンね!」といった風にこちらに目を向けて手の動きで挨拶してくれた。

 心なしかちょっとだけ、前田くんはスカッとした表情に見えた。


 さて、ソフトボールは野球と同じで、イニングという、攻撃の区切りみたいなものがある。

 当然、体育の授業でも区切りのいいタイミングで終わったほうがいいわけで。

 ちょっと早めの時間にイニングの終わりを迎えたことで、ソフトボールはここまでとし、授業を早めに切り上げることとなった。

 長距離を走ることとなりイニング終わりまで息が整っていなかった俺としては、ちょっと助かったかなという気持ちだった。

 クラスメイトからも軽く同情の目が来ている。

「悪いな、前田のときだけは、奥が深いライトは上手いやつに代えといたほうがよかったか」

 ピッチャーをしていた生徒からもそんな声がかかった。

「いや、それはただの結果論だから大丈夫……」

 そう返しながら、授業の片付けを行っていた。


 片付けも終わったら、もう早めに更衣室に戻って、着替えていい時間となる。

 だけど、男子生徒の何人かは、「時間あるし、女子の方も見ていこう」と言って別のグラウンドの方に向かう人たちがいた。

「女子かあ……琴美、頑張ってるかな?」

 琴美のことが頭に浮かんだ俺は、その男子生徒たちについていくことにした。


「ラストワンプレー!」

 女子生徒がフットサルをしているグラウンドが見えるところまで来た時、ちょうど教師のそんな呼びかけが聞こえた。

 ちょうど区切りとしてボールが一度ピッチの外に出たらしく、プレーが止まっているタイミングのようだった。

 ピッチの中段、江藤さんと並んで左サイド付近に、琴美がいるのが見えた。

 ボールは俺から見て手前側に外に出たのか、こちら側に顔が向いていて、表情が見える。

 と、思っているうちに、琴美と目が合った。

 琴美も気づいたようなので、俺は琴美を応援すべく「が・ん・ば・れ」と口の動きで伝える。

 琴美にもちゃんと伝わったのだろう、「やってやろうじゃん」といった雰囲気の笑みをこちらに送ってくれた。

 やがて笛が鳴って、スローインから試合が再開する。

 スローインのボールを受けるのは江藤さん、一瞬琴美の方を見たが、琴美には相手選手がぴったりマークがついていてパスは出せない。江藤さんはサイド方向の選手にパスを出す。

 それにつられて琴美のマークにつく選手が少しボールのサイドに体の向きを変える。


 その時だった。


 琴美はボールが江藤さんに戻されるパスが出たときに、マークにつく選手の背中の方向に入る。

 そして江藤さんがダイレクトで前線に鋭いパス。


 そのボールが出るのと同時に、琴美が前線へと走り出していた。


 緩急のついたボールさばきに不意を突かれ、琴美のマークが外れる。

 琴美はスピードに乗ったままボールをぴったり足元に収めた。


 今や、琴美はキーパーと一対一だ。


 しかし、一つだけ問題がある。

 琴美はサイドから上がってきたことで、ゴールに対して角度があり、シュートコースが狭いのだ。

 正面まで戻っていたらディフェンスが戻ってくるので、ゴールを決めるには高いコントロールのシュートが必要だ。

 しかし、琴美はそれに果敢に挑戦しようとしていた。


「いけーっ! 琴美―!」


 思わず、大きな声が出た。


 その瞬間。


 ドシュッ!


 琴美の、強烈なシュートが。


 バァーン!


 ゴールの右隅に突き刺さっていた。


「やった……やったぁ!!」

 琴美のかっこいいプレーに、俺は歓喜の声をあげて両手を挙げる。

 琴美はチームメイトの歓喜の輪に包まれながら、俺に向けて、ピースサインを向けてくれる。

 その笑顔は本当にキラキラしていて、改めて琴美の魅力を再確認した心地だった。


 ……実はグラウンドに来ていた他のクラスメイトみんなに、琴美のプレーにはしゃぐ俺の姿を見られていて、生暖かい視線を集めていたことに気づいたのは、それからちょっとした後だった。


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