第14話 告白
それからまた数日経ったある日のこと。
あの後、琴美からは「さっすがアタシの紹介した美容室!」と言われたりしたものの、だからといって何か生活が変わるわけでもなく、無難な日常を過ごしていた。
今日は日直だったので、クラスの提出物をまとめて、職員室に持って行ったところだ。
さて、教室に戻って、鞄を取って帰ろう。
そうしたとき、学校の校舎と校舎の間の通路を歩く、琴美の姿が見えた。
それ自体は、確かに大したことではないかもしれない。
でも、琴美の表情が、何か、気を張っているというか、不安そうな表情に見えたのだ。
なので、悪いと思いながら、琴美が心配になり、琴美の後を追ってみることにした。
……そういえば、昔は「琴美のストーカー」なんて言われたこともあったな。
今回ばかりはマジでそうだな、と自嘲しながらも、歩みを止めることはなかった。
そうして琴美が足を止めたのは、体育館裏だった。
そういえば中学の時の事件も、体育館裏だったな。
思わず、あの時のことが思い出される。
そして、琴美の奥に、あの時のように身体の大きい男子が立っていた。
同じクラスの子で、確か俺に前、琴美のことを何か尋ねていたような記憶がある。
その時、部活は野球部に入ったようなことを言っていた気がする。
「ごめん、待ったかな?」
琴美のそんな言葉から、二人の会話が始まった。
「いや、全然。来てくれてありがとう」
野球部の男子は爽やかに返答する。
男子側からの呼び出しなのだろう。
「それで、話があるってことだったけど……」
「そうだね、甲斐さんとしても想像ついてると思うから、単刀直入に言うね。……僕は、君が好きだ」
男子は琴美に、はっきりと告げる。
やはり、告白シーンだった。
「最初は、やっぱり一目惚れだった。そこは、学校の他の人もそうだろう。でも、クラスで君のいろんな表情を見たり、君のいろんな話を聞いたり、君のことを知るたび、君のことをどんどん好きになっていったんだ。もっと君のいろんなことを知りたい。もっと君と一緒にいたいって思ったんだ。どうかな? 僕と付き合ってくれないか?」
それは、強引さのない、爽やかな告白だった。
この告白なら、大抵の人なら思わず頷いてしまいそうなほどに。
……でも。
「ごめんなさい、お断りします」
琴美は、首を縦に振らなかった。
「……理由を、聞いてもいいかな?」
「アタシ、好きな人がいるので」
それは、初めて聞いた言葉だった。
この言葉も、俺に衝撃を与えたけれど。
「それは、緒方、だよね?」
それに続いた男子の言葉。
それにそっと頷く琴美。
そのことは、それ以上に俺にとって驚きだった。
「……やっぱり、緒方じゃないとダメかな? 何か、きっかけでもあるの?」
それは、食い下がるというより、納得するための言葉が欲しいように見えた。
「きっかけ、ね……。あんまり楽しい話じゃないけど、いい?」
琴美は伏し目がちに言う。男子の方も頷く。
「その時、アタシね、呼び出されて告白されてたんだ、今日みたいに。もちろん、悠珠とは違う人ね? その時は、キミみたいに落ち着いた感じじゃなくって、ちょっと、強引で、『なんでだ!』って、怒鳴られて、腕を強く掴まれて、怖かった」
それは、俺たちの中学時代の話だった。
「その時ね、悠珠が止めに入ってくれたんだ。もちろん悠珠は今のまんま、特別力が強いわけでもない。逆に相手は、怖いくらい大きくて。そんな相手なのに、悠珠は助けてくれたの」
男子は、驚いた表情を浮かべていた。琴美は続ける。
「案の定、その時悠珠は思いっきり殴られちゃって。それで、次はアタシのことを睨んできた。アタシ、その時本当に怖くて。襲われるんじゃないかって。……その時、悠珠はどうしたと思う? 殴られて倒された後なのに、起き上がって相手にしがみついて、アタシが逃げる隙を作ってくれたの。極めつけにね、悠珠、言ったの。『琴美に手を出すな!!』って。……漫画みたいでしょう?」
琴美は、少し照れるようでいて、少し影もあるような、そんな表情だった。
「それは……仕方ないな」
男子は苦笑して言う。
「そのこと、緒方には?」
「まだ言えてない」
「なら早く言った方がいいよ。……男子でも、そこまでのことは、好きじゃなきゃできないよ」
その言葉には、琴美は俯いたまただった。
「それじゃ、僕はこれで。……はっきり答えてくれて、ありがとう」
そう、言葉にして、男子は奥へと去っていった。