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第1話 プロローグ

 俺、緒方(おがた)()()には、女の子の幼馴染がいた。

「あっ!? このコースでの甲羅は反則だって!」

「そんなルールありませーん、コースの外へいってらっしゃーい、では、アタシはお先、失礼しやす!」

 サラサラとした亜麻色の髪をポニーテールにまとめ、鮮やかな碧眼を輝かせる、快活な少女。

 そいつとは、家が近所で、小学校3年まで同じクラスで。

 毎日のように、お互いの家に行って、一緒にゲームをしたり、漫画を読み合ったり。


 そんな俺の幼馴染、甲斐(かい)(こと)()とは、もう6年、ろくに話もできていない。


******


 きっかけは、小学校3年生の終わりの頃だった。

 小学校のクラスにおいて、男子グループと女子グループがなんとなく敵対するようになる、という経験がある人もいるのではないだろうか。

 俺の学校でも、時が経つにつれてそういった雰囲気が徐々に出来上がっていった。

 そんな中で、頻繁に琴美と一緒にいた俺は、クラスの恰好のからかいの的だった。

「お前、男のくせになんで甲斐と一緒にいるんだよ」

 そんな言葉で、俺のことを非難する者。

「お前たち、本当は付き合ってるんじゃねえの?」

 わざとクラス全体に聞こえる声でそう言って、あざ笑うような表情を見せる者。

「キッス! キッス! キッス!」

 そんな煽りのコールを、俺を囲んで始める者。

 

 そんなことが日常になり、俺のメンタルは日に日に疲弊していった。

「俺たち、学校で会うの、やめよう」

 小学校3年の3月、修了式の日の帰り道、俺の家の前で、琴美に告げた。

 琴美は何も悪くない。それはわかっていたが、当時の俺は限界だった。

 琴美は神妙な顔で、しかし、俺の言葉に頷いてくれた。

 俺は罪悪感で一杯になり、逃げるように家に飛び込んでいった。


 4年生以降、俺は琴美と別のクラスになった。

 だからなのか、それとも単に話題の賞味期限が切れただけなのか、それ以降俺へのからかいは聞こえてこなくなった。

 だが、一度嫌なことを言われた奴らと今更仲良くなる気にもなれず、俺はその後ほとんどぼっちで小学校生活を終えた。

 中学校も学区分けの都合上、多くのメンバーが小学校からの繰り上がりとなり、かといって自分から中学受験を言い出す発想も勇気も浮かばず、俺はここでもぼっちを脱却できなかった。なので特に語るべき事象もない。


 いや、一つだけ、これも面白い話ではないのだが、中2のときに事件があった。

 奇しくも、俺と、琴美に関わる話だ。


 学校でのぼっちは、昼休みに弁当を食べる際、一人で食べても怪しまれない場所を探すところから始まる。

 最近の俺のお気に入りは、体育館奥にある旧喫煙スペースだ。

 昔は喫煙者の教員のたまり場になっていたらしいが、現在は校内全面禁煙となり、めったに人が現れない。

 椅子もあるし、ぼっち飯には最適の場所だ。


 弁当をもうすぐ食べ終わるという頃、体育館裏の方から声が聞こえてきた。

「俺と付き合ってくれないか?」

 そんな言葉のように聞こえてきた。

 誰かが告白でもしているのだろうか?

 中学生というのは、そういう年代だ。

 ここは人目が少ないし、そう珍しいことでもないのだろう。

 気づかれないようにその場を離れようと、弁当を片付け立ち去ろうとしたとき。

「ごめんなさい、お断りします」

 聞き覚えのある澄んだ声が耳に届き、俺は思わず足を止めた。

 この声を聞いたのは久しぶりだが、聞き間違えるわけない。

 今のは、琴美の声だ。

 多少の罪悪感を覚えながら、ついその声のする方に足が向いてしまう。

 壁に隠れるような姿勢で、声の主を目に入れた。

 声の主は、やはり琴美だった。

 昔と同じように亜麻色の髪をポニテにまとめていて、昔のような日焼け知らずの白い肌、遠くからでも目を引く青い瞳もそのまま、しかし昔より身長が伸び、モデルのようにスタイルが良くなっていた。

 向かいの男は、こちらも背が高く、体格もがっしりしている。

 確か、バスケットボール部で、女子から人気があると言われていた人ではないだろうか?

 告白を断ったからか、申し訳なさそうな表情をする琴美に対し、男のほうは表情が険しくなっている。

「なんで? 俺のこと嫌い?」

「嫌いというよりも、アタシはあなたのことをよく知らないですし」

「評判くらいは聞いたことあるだろ? 俺これでもモテる方だぜ?」

「アタシ、そういうのには興味ないので」

「付き合ってから、お互い知っていくって線もあるけど」

「そんな不誠実なことはできません」

 あまり話はいい方向に進んでいないようだった。

 盗み聞きは悪いと思いつつも、その場から離れることはできない。

 それに、何か嫌な予感が胸の奥から浮かんできていた。

 具体的に何が、とは言葉にできないが、とにかく気がかりだったのだ。

 その予感は、すぐに的中した。

「おい、お前さあ!」

 男の口調が、突然豹変する。

「いっ……」

 男は、琴美の両肩を急に強く掴んだ。

 琴美は声を上げるとともに、顔をしかめた。

「この俺が彼女にしてやるって言ってるのに、何だよその反応はよ!」

 男が声を荒げる。

 琴美が危ない。

 瞬間的に、俺はそう思った。

「ちょ、ちょっと!」

 気づけば、俺は物陰から姿を現していた。

「あぁん?」

 男が、俺を睨みつける。

 その時、俺は自分が何をしたのか理解した。

 ヒョロガリでナヨナヨした俺が、ガタイの大きいスポーツマンの告白を邪魔したのだ。

「てめえ、盗み聞きとはいい度胸じゃねえかよっ!」

 男は瞬時に俺との距離を詰めると、思い切り俺の顔を殴った。

 俺は後方に大きく吹っ飛ばされる。

「悠珠!!」

 琴美が悲鳴のような大声をあげる。

 その声で、男は琴美の方を向く。

 その時の俺は、自分が睨まれた時よりはるかに大きい恐怖に襲われた。

 もし、琴美が俺のように、この男に殴られでもしたら。

「あああああ!」

 頭の中がそのことで一杯になり、気がつけば俺は男にしがみついていた。

「なんだこいつ!」

「悠珠!!!」

「琴美! 逃げて!!」

 男は俺を振りほどこうと、力を入れてくる。

 琴美は俺の声に応じて、男から逃げていく。

「あっ、こら!」

 当然男は琴美の方に向かおうとする。

「琴美に手を出すな!!」

 俺は必死にしがみつく力を強める。

「んだと、何様だお前!」

 男は俺を思い切り蹴り上げ、俺は壁に強くぶつかり、それ以降のことは覚えていない。


 後から聞いた話によると、琴美は傷つけられることなく逃げ切れたようで、琴美が呼んでくれた教師がその場をおさめたようだが、俺とあの男のことは、男はやりすぎにしろ、喧嘩両成敗であるとして処理されてしまった。

 俺としては当然納得いかない話だが、

「でも、緒方も掴みかかったんだろう?」

 と言われて、取り合ってくれなかった。

 それどころか、あの男が流したと思われる「緒方悠珠は甲斐琴美のストーカー」「琴美をとられるのが嫌で殴り掛かってきた」といった噂が学校で広まっていき、俺の立場はますます悪くなった。

 それからの俺の中学校生活は、ただ耐えるだけの日々だった。

 中学校時代は3年で終わる、その事実がなければ、きっと俺はおかしくなっていただろう。

 中学3年の時には、この学校の人間が行かない高校に行きたいという一心で、受験勉強だけをしていた。

 前評判を覆し無事第一志望に合格。おそらくここ数年は俺の中学からこの高校に合格した人はいないだろう。

 今までの学生生活をリセットし、高校からはせめてまともな学生生活を送りたい。

 そんな思いを抱え、今日は高校の入学式だ。


******


「うーん……」

 俺は鏡の前で、自分の制服姿を見ながら渋い顔をしていた。

 俺が今日から通う(なり)(ひら)高校は、世間的には制服がオシャレだと言われている。

 俺は中学時代が学ランだったので、初めてのブレザー制服にネクタイをすることを、少し楽しみにしていた。

 しかし実際に自分で着てみると、どこか制服に着られているような感覚で、似合っていない。

 うまくまとまらないくせ毛の髪に、なかなか消えないそばかすが、そういった印象を持たせているのだろうか?

 昔からこの、自分の服の似合わなさに、苦労させられてきた。

「悠珠―! 遅刻するわよー!」

 母の声で、自分の容姿への不満を諦め、鞄を取って玄関に向かう。

「忘れ物はない?」

 初日だからということもあり、俺の母、椿(つば)()は玄関まで見送ってくれた。

 朝に家を出る時間が俺の方が早いこともありまだ化粧前なのだが、小顔で整った顔とスタイルの良さで、全くそれを感じさせない。

 なぜこの母から自分の顔が産まれたのだろう、と思わなくもないものの、言っても仕方ない。

「大丈夫、行ってきます」

 母に挨拶をして、俺は家を出た。


「狭い……」

 初めての電車通学、満員電車の息苦しさに辟易しながら、学校を目指す。

 学校の最寄り駅について歩いている間、俺は今日の重要性を考える。

 第一印象は重要だ。ここでクラスでの立ち位置がおおよそ決まると言ってもいいだろう。

 せっかく今までの人間関係をリセットできたのだ、中学までの頃のようなぼっちは、なんとか回避したい。

 通学時間だけでなく、クラス分けを見ても知り合いがいるわけでもないからそのことを考えていたし、なんならクラスの男女に分かれて講堂のパイプ椅子に座って校長の話を聞いているときも、頭の中ではそのことばかり考えていた。

 そんなことが頭から抜けたのは、

「続きまして、新入生の言葉。新入生代表、甲斐琴美」

「はいっ!」

 聞き覚えのある声が、講堂に響いたときだった。


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