集団攻撃
「さて 誰からかかってくるのかな」
敵の前に立ったヘンリは、極く自然な、 気負い のない構えで剣を前に出した。
百人以上に敵を前にして、焦るところがまるでないのが驚きであるが、勇者として覚醒している彼にとって、人数なんて意味がなかった。
その気になれば、一太刀で、全ての敵を倒すこともできたが……
周りの自然も大破壊しながら、誰一人として元の姿もわからないほどの状態のオーバーキルが行われる事になってしまうだろう。
いや、必要があるのならば、敵とはいえ命を奪うことの罪深さを知りながらも、それを行うことを躊躇するヘンリではない。胆力も、覚悟も持つ、そんな責任を持つ者として育てられてきた、心胆の据える、伯爵家の御曹司である。
ただし 今回の目的は殲滅ではない。
襲撃者の黒幕をしっかりと 把握し、そのしっぽを掴むのが目的であった。
となった時、少しでも真相に近いことを知っていそうなのは、盗賊たちではなく、何者か——ヘンリは大司教であると思っているが——に派遣された3人の明らかに実力の違う者たちであった。
魔法剣士、幻覚使い、魔獣使い。この中の誰かが動き始めたときが勝負の始まりである。
それも殺さずに無力化することが必要……
そのためには、かなり注意した戦いをしなければならない。
となると……
ヘンリがさてどうするかと考えているうちに、先手を負ったのは 盗賊団の方だった。
「おまえ……俺たちが誰だか知っているか!」
脅すような、せせら笑うような口調で、無精髭を生やした汚い格好の大男が言った。
ヘンリは——もちろん知っているのだが返事をしないでじっと相手の反応を見る。
「へへ、怖くて声も出ないか」
盗賊団の方はヘンリが何者か知らないようであった。
その身分は依頼主から教えられていて、身代金ががっぽり取れるぞとモチベーションが高まりまくっている状態ではある。
しかし、今の勇者となった今の超弩級の破壊力どころか、もともとが相当の実力者であることも知らない。
無知ゆえの蛮勇であった。
「これからたっぷりとしゃべってもらうことになるのだけどな……命ごいをな!」
「はあ……あなた達はどなた様でしょうか」
盗賊団だと知ってはいるが、そういや名前とかは知らないな。名乗ってもらったら、今日捉えられなかった残党も伯爵名で指名手配かなとか考えていたのだが、
「……お前が知る必要はねえ。俺たちがどなた様でもな!」
少しは気がまわるようである。
迂闊に仲間につながってしまうような情報をださないようであった。
といっても、今回の襲撃の黒幕をあぶり出す過程で盗賊団の名前なんて簡単にわかるのだろうけど……
「なるほど、あなた達はどなた様ですか……すごい偶然ですね……では、どなた様とお呼びしましょう」
「何! ……そんな舐めた口を聞いているんだ 自分の立場わかっているのか?」
「はい……?」
ヘンリーは気のない返事をしながら、盗賊の後ろの本命三人の動きをうかがう。
魔獣使いの地竜が少し唸ったくらいで特に動きはない。
盗賊は、ヘンリが自分たちをまるで恐れていないことに気づかずに、威嚇するように振りながら話を続ける。
「……どうだい 大人しく 金物 ものを出してくれるこの場 見逃してくれるかもしれないぞ」
そんな気はまるでなさそうだが、
「お前の心がけ次第だがな……誠心誠意お願いしてもらえればな!」
「……」
ヘンリが一瞬口ごもったのを見て、
「どうだ? ここで命を捨てるのは馬鹿らしいと思わないか?」
ますます調子に乗る盗賊であるが、もちろんヘンリはそんな脅しは右から左に聞き流している。彼が気にしているのは……
ヘンリは剣を構え直す。
奥の方で魔法剣士が魔力の充填を終えたのが見えた。魔獣がいつでも飛び出せるように四肢に力を込めていた。幻覚使いが不気味な笑みを浮かべた。
「どうした ビビって動くこともできないのか?」
盗賊が相変わらず安い挑発をしてくる。
もちろん、ヘンリはこんな盗賊に対して何の恐れも抱いていなかったが、彼ら攻撃に乗じて、後ろの三人がなにかを仕掛けてくるのを警戒していた。
その出方を伺いたかった。
不用意に動いて彼らの罠にはまるのをされていた。
さて、それなのにさっぱり襲ってこない口だけの盗賊にどうしたものかと悩むヘンリであったが、
「それじゃあ、こちら側から行ってやるぜ……おい 、みんな、一気に攻めるぞ!」
あまり芸のない攻撃を仕掛けてくるようであった。
多勢に無勢であった。挑発していたわりにはみっともない戦法であった。
だが、盗賊側としては理にかなっているというか……それしかないのであった。
荒くれ者で腕に覚えはそれなりにあるのだろうが、修行した武芸者がいるわけでない。
普通の旅人や街の腕自慢くらいならば死線を越えてきた経験が物を言うが、ルビ本物が出てきたなら終わりである。
矜持なんて金にならないものになんの価値も認めていない。
要は勝てばよいのである。
そのためには……
「続けええ!」
なんといってもこれが確実なのである。
集団で個人を叩き潰す。
盗賊団全員が一斉にヘンリに向かって押し寄せたのだった。
多少……どころか二倍三倍の実力差があったところで、二十倍三十倍の戦力差で攻め込めばよいのだ。
人vs人。
ヘンリが一人に盗賊が百人であった。
この戦力差はいかんともしがたいはずであった。
普通の相手ならばだが……
「うげえぇええええ!」
先頭で飛びかかってきた盗賊が悶絶して倒れる。
剣の背で腹を叩かれたようだ。
「ぐ……!」
次の盗賊は顎をなぐられて気絶。
「ぎゃっ!」
その次は股間を蹴り上げられて悶絶。
「次は誰ですかね?」
剣を構えたヘンリの迫力に残りの盗賊たちの動きが一瞬止まる。
迂闊に攻めてはやられる……
相手の実力が想像以上のものであることをやっと理解したのだが、
「ふざけるなぁああああああ!」
頭に頭に血が上った荒くれ者たちが止まるわけもなく、
「——が!」
「う!」
「ひ!」
三人の盗賊がまとめて倒れる。
しびれたように地面に転がる。
雷の精霊の力を借りた、電気ショック。
つまりスタンガンである。
「うあ!」
その倒れた三人を超えて切りかかってきた盗賊は、足元が乱れたところを転がされ、頭を蹴られて意識を失う。
ヘンリの前には、盗賊たちが転がっていた。
これが邪魔で残りの攻撃の勢いが削がれてしまう。
どうしてもヘンリに達するまで、仲間が邪魔になる。
同じ組織の一員であっても、他人の気遣いをするような連中ではない。
これが死体であったら気兼ねなく屍を踏み潰してヘンリに襲いかかってきただろう。
しかし、そいつらはまだ生きていた。苦しみながらも意識があるものもいる。
後で息を吹き返した際に、踏んづけただろうとか難癖つけられたらたまらない。
となればどうしても遠慮がちにヘンリに迫ることになって……
「ひ……!」
「く……!」
「あああっ……!」
次々に地面に転がるのであった。
このままだと、ただ単に百人が順番に戦闘不能になるだけに思えたのだが、
「……さて……本命登場ですかね……」
後ろに控えた、3人がついに動き始めたのであった。




