転移門
フェムは転移門に興味を示したようであった。
それは、彼女の本当の力の一端でも知る者ならば、ずいぶんと不思議なことと思っただろう。
だって、転移の魔法などというのはフェムにもサクアにも、彼女らの所属するパーティメンバーにしてみれば、何ら難しいものではないのだから。
彼女らは、宇宙の果てから果てどころか、宇宙を超えた転移でさえ楽々と行ってしまうのだ。
大陸から大陸を結びつけるなど、普通の人が隣の家に訪ねていくよりも簡単なことなのだ。
そんなフェムが、転移の魔法に興味を持った。
単なる 転移 の魔法についてというより、別の、何か興味を引かれることがあったのだった。
「ともかく転移門について分かっていること教えてよ」
フェムは楽しそうな表情を浮かべながら言った。
「といわれましても……」
魔族の女キミーは困ったような顔をしていた。
「動いていたのははるか昔ののことなのでわかることはほとんどないのですか」
「何でもいいんだよ。本当かどうかなんて気にしなくて良いから、伝説で良くて……なぜ門ができたとか、なぜとじちゃったとか伝わっている話を教えて欲しいな」
「はい……そういうことならば」
キミーはちょっと戸惑いながらも言った。
「古き神々、旧支配者たちが転移門を作ったといいます……これはさっき言いましたが。こんな話で良いのでしょうか? 誰でも知ってることですが」
「うん、そういうので良いんだよ。あたしら、ここの話さっぱり知らなくてさ」
「はい……」
この大陸のものならば誰でも知っていることなのだが。よっぽど未開の地から来たのか? そんな格好には見えないけど。キミーは、どうにも妙な感じを受けながらも、話を続けた。
「古き神々の時代より、2つの大陸はこの門により結びついていました。しかし、そこで移動できたのは人間だけだったといいます」
「魔族はダメだったのですか?」
サクアも、少し興味がでてきたような様子で聞いた。
「そうです。人間は神話の時代から、ずっとこちらの大陸と行き来ができていたのですが、魔族は元の大陸にだけ住んでいたのです」
「差別ですね」
「……と言う人もいますが」
「そうじゃないって言うこと?」
「説が二つあるのです」
「なるほど、二つということは、まずは魔族は差別されていったって説もあるんですよね」
「はい。もちろん魔族が虐げられていたから、もう一つの大陸に渡れなかったという説もあります。楽園となっていたこの大陸は魔族に渡らせてはならぬと神々が思ったというものです」
「この大陸は楽園なの? 魔族にとって?」
「魔族の生活に適した、魔力に溢れた荒野は多く存在しますが……」
「楽園というわけじゃないよね。もう一つの大陸がよっぽどひどかったのなら、比べて楽園と言われるかもしれないけど。人間にとっても……」
ヴィンが会話に参加する。楽園どころか、ここで地獄のような日々を過ごしていたマスカットも横で頷く。
「魔族にとっても楽園と呼ぶには言い過ぎで、伝承でも、別にもとの大陸と住みやすさに大きな差はかたっと……むしろ、もとの土地での生活を懐かしむ逸話もずいぶん残っています。故地への帰還を願う歌など……」
キミーはそう言うと歌い出した。
故郷を、追われた地を懐かしむ、豊穣な魔力に溢れた魔族発祥の地と言われる山脈に帰りたいという歌であった。
「昔はこの大陸が楽園だったけど今は違うというのも考えられるけど、少なくとも魔族がわたってきたときは楽園ではなかったようだね。その悲しい歌を聞くと」
フェムは頷きながら言った。
「魔族が渡れなかった、神々が渡らせたくなかった理由は他にありそうですね」
「逆に、魔族を愛したがゆえに、この大陸に送るのを神々が控えたという説もあります」
「ほう、全く逆の話だね」
「この大陸は、かつては魔族だけでなく人間も住んでいなかたっと聞きます」
「人間も転移門ができてから住み始めたのですか」
「はい、門ができる前は、こちら側には人間も渡ることができませんでした。動物や魔物も、全く違う種類が住んでいました」
「今いる動物もそうなの?」
「そうです。転移門は、ほとんど動物を通すことはなく、この大陸には固有の動物が住み続けていると思います」
「でも動物の形態の差からみると、そこまで大昔に別れたわけではなさそうですね」
今は完全に大海によって隔てられている2つの大陸。おまけに深海から宇宙までを断絶する壁の存在もあり、今では深海魚や鳥でさえも大陸間を渡ることができない。
だが動物がそこまで種が離れていないのだとすれば、大陸の分断は何十万年も昔のことでは無いと思われる。
この大陸の動物しか知らないキミーやヴィンにはわからないことで……
「どちらにしても神の世のことなのではっきりとはしませんが」
「構わないよ。正解を知りたいわけじゃない」
「正解ばかりが正しいわけじゃないですからね」
「はあ……」
キミーは、戸惑ったような表情であるが、話を続ける。
「神々は魔族を愛したがゆえに人間に荒野を開拓 させたという説です」
「なるほど、それもあり得るかもしれないね」
「自分で建てるより出来上がった家に住んだ方が楽ですからね」
「ただ、現在の、魔族と人間が棲み分けている大陸の現状を見れば、その説も説得力がありません」
「魔族と人間は完全に棲み分けているんだよね」
「この大陸は魔族が住みやすい、魔力が多く荒涼とした自然が広がる場所と、人間が住みやすい豊かな自然が広がる場所にうまく土地が分かれています。つまり、人間が開拓した場所には魔族は住み着かなかったのです」
「魔族が、この大陸に住んだ時に、人間に恩義を感じるようなことはないということかな」
「昔のことなのではっきりしないですが……魔族にとって違和感のある伝承なのは確かです」
「人間が魔族のためにこの大陸を開拓したという伝承はあるのですよね」
「人間にもその伝承があるよ。人間が魔族の住みやすい荒野を作り出したとか言う話だけど、なんでそんなことするの? と疑問に思う人が多くて人気がない伝承だね。僕も正直ないなって思うよ」
ヴィンもこの説が信じられないことを伝える。
「でも、そんな信じられない話がずっと残っているのか」
「なにか意味がありそうですね……ううむ」
「そして、もっとも支持するものが多い説ですが……」
キミーは、少し自信がありそうな顔になって言った。
「神の中に人間をこのむものと魔族を好むもの双方がいたというものです」