戦闘開始
「それは、あまりに突然のことでした」
魔族の女が語り出した……
出逢えば叶えず戦いとなるだろう人間とは、隔絶して生活していた魔族たち。
魔力が強すぎるが故に普通の植物が生えず動物も寄り付かぬ、広大な荒れ地に住むため、人間とは自然に離れて生きていたため、両方の種族にとって幸せな状態が続いていたと言えるだろう。
魔力による文明を築いている魔族たちにとってみれば、人間にとっては死の大地と呼ばれるそこも、楽園のごとき場所なのだ。
利益が被らずに、奪い合いになるものも存在しない。
無関心無干渉となることでの平和が、数千年以上続いていたのだった。
別の大陸では、人間たちと常に争いが続く中で、魔族は、ある理由(後に語る)により絶滅してしまうのであるが、転移の関門(の崩壊した大災厄以降、こちらでは長らく平和が保たれていたのだった。
しかし、そんな魔族の安楽の地に突然、悪夢のような事態が起きる。
魔族の街に現れた集団は人間のようであった。
といっても、白い仮面をつけ、フードつきの服を身にまとっていたため、何者であるのかは判然としない。エルフやドワーフが混ざっているかもしれないが、角もなければ翼もない。
少なくとも魔族では無いように見える。
それは百名を少し超えるくらいの集団であった。
怪しげな呪具を構えて、戦闘を始めるような陣形を取っている。
明らかに敵対的な様子だ。
魔族側も警戒して街中の男たち数千人がその前に立ちふさがった。
にらみ合いは数十分も続いた。
現れた仮面の者たちは何か大きな呪具を組み立てつつあるのだが、特に攻撃することも挑発するような様子もない。
ここに何をしに来たのかと、魔族の街の長が人間の言葉で叫んだ。
答えはなかった。
去らねば、力ずくでも退いてもらうと続けて言うが反応はない。
「ふざけるな!」
感情を抑えきれずに飛び出したのは血気盛んな魔族の青年であった。
まだまだ成長途中にしてこの街でも一位二位を争う魔力を持つ彼は、体に雷をまといながら集団の中に走って行った。
大地を吹き飛ばし、えぐりながらの突進であった。
仮面の者たちはまるで焦る様子もなかった。
淡々と陣形を固め、そこに激突した青年は、
「結界を張れ!」
魔族の長の声が響き渡った。
眼の前の大地にはばらばらになって息絶えた青年の亡骸があった。
次の瞬間、魔族の頭上で黒い光が炸裂した。
仮面の者たちが組み立てていた大きな呪具からそれは放たれているようだった。
一度高く空に向かい、分裂して魔族の頭上に降り注ぐ。
魔族の精鋭たちの作った結界だ。
怪しい黒い光は、突破できずにその表面で煙を立てながら消滅した。
ただ仮面の者たちの攻撃はこれで終わりとはとても思えなかったが、
「土障壁!」
族長の指示で結界の手前が隆起して厚い土壁ができる。
土煙が巻き上がった。
崩れる壁。
地面に転がっているのは大きな槍だった。
「土障壁!」
崩れた壁の後ろにすぐに新しいものを作り出すが、次は何百本もの槍が飛んでくる。
とても耐えられそうもなかった。
「迎撃!」
族長の声に合わせ、空中から無数の火球が現れ槍に向かう。
まるで花火のように、激しい爆発があちらこちらで起きたあと、あたりは緊張感に満ちた静寂に包まれた。
「……何者なのだ」
魔族が数千も集まっているのに百名程度で攻撃してくる。連中がただの人間だとしたら自殺行為だ。
どこかの精鋭部隊がやってきたのだとしても魔術戦闘となったら基本的に魔族のほうが能力は高いのだ。人間のトップの賢人クラスを集めてきたのならともかく、そもそもそんな高クラスを集めて得なければならない価値がるものなんて魔族の地にはないはずなのだ。
いったい、どうして彼らは、
「使徒じゃ……」
一般に長命な魔族の中でも最長老のある老人が言った。
仮面の者たちの服に描かれた、複雑な 禍々しい 紋章を見ながら。
古き神々のしもべたちだと……