ヴィンの回想
ヴィンは思い出す。
そういえば、数年前。
妙な体験をしたことがあった。
なんか無性に、意味の分からない焦燥感にかられ、夜に森の中に駆け出して言ったことがあったのだった。
まだ、武者修行の旅にでて一年あまりの、なにもかも未熟な頃だった。
ある王国の宮廷庭師の三男として生まれたヴィンは、十五歳で家を出た。
生来の不器用さと馬鹿力から、葉を切ろうとして枝を折る、枝を切ろうとして幹を断ってしまうような有様に、これではとても親の後は継げない。
ならば技より力で生きようと、まずは広い世界を見てみるか。
あまり深く考えず、とにかく強いものと戦ってみたい。
そんな思いで放浪を始めたのだった。
そして、ヴィンは、いくつかの冒険者のパーティに参加したり、剣術や格闘技の大会に出たりで、もともと才能があった少年は、あっという間に強くなっていったのであるが……
夜の森はまだまだ危険であった。
一人ではとても太刀打ちできない強い魔物が現れるかもしれないのだった。
彼もそれを心得ていた。
なにごとにも豪快な快男児であったが、決して無謀ではなかった。
夜の森に無防備に突っ込んでいくようなうかつな男ではなかったのだ。
自分の実力もわかっていた。
強い魔物が、それも暗闇からでてきたならば今の自分ではたちうちができないことをよくわかっていた。
しかし、足が止まらなかった。
そこに行かなければと思ったのだった。
案の定、魔物が現れる。
オーク……いやハイオークであった。
昼は人間との境界をわきまえ森の中でも奥に鎮座している強力な魔物は、夜には思う存分に自分の王国を徘徊する。
ヴィンは目の前に現れた怪物にびっくりする。
彼はオークには余裕で勝てる実力をすでに有していたが、ハイオークとなると話が違う。
戦っても万に一つも勝ち目はない。
だからといって、こんな眼の前に出られたら、逃げ出そうとしてももう手遅れだ。
そんな絶体絶命のピンチに……
——ワクワクするな。
ヴィンが感じたのは恐怖ではなかった。
自然に、拳が握りしめられて、ハイオークに向かって打ち込まれていた。
——あれ?
ハイオークは光となって消えた。
幻影のたぐいであったのか?
いや、本物のように思えたのだが……
ヴィンはさらに森の奥に進んだ。
どこをどう進んだのかさっぱりわからずに、普通は帰りの心配をしそうなものだが。
——なんとかなるだろ。
不思議な力に導かれているというのものあるが、そもそも脳天気なヴィンであった。
細かいことは気にしないで、面白そうなことをして、それでもなんとかしてきたのが彼であった。
道に迷ったらしばらく森の中で生活すればよいやくらいにしか考えていなかった。
そして一時間以上も彷徨い続けた後に、
——朝?
木々の間にぽっかりと空いた広場は夜が明けたのかと思うくらいに光り輝いていた。
周りは暗い森のままなのに、いかにも怪しいその場所であるが迷うことなくヴィンは入って行った。
なぜなら、その真ん中に、
——剣?
いかにもいわくありそうな剣がささっていたのだが、
「ヴィンくん、その剣はどうしたのですか?」
「剣?」
「勇者の印の剣でしょ。今、持ってないようだけど」
「ああ……抜きませんでしたよ。そんな怪しいもの」
「「……」」
ヴィンの回答に思わず黙ってしまうサクアとフェムなのであった。