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悶々とするアウラ

 大聖堂のある、メッツァの街を横切って、少し離れた小高い丘を囲む白亜の城壁が見えてくる。

 それは、このあたり一帯を領地とする大侯爵の治める街、ブオリであった。

 街の名と同じブオリを名とするその一族は、元は異邦からの侵略者であったとされるが、ヤータ教に帰依して千年以上もたち、今では教会のもっとも有力な庇護者の一人である。


 とはいえ、ブオリ侯爵の統治は、公的には教会の直轄地となるメッツァの街自体にはおよんでないのであるが……実態は彼に任されていた。その政治、経済、軍事、民事、文化。宗教以外は全て、ブオリとメッツァを一体として侯爵に任されていたのだった。 

 であれば、メッツァの大聖堂での勇者アウラを迎える式典も、運営は主に彼の運営下にあった。

 式典の前の勇者ほかの来賓の歓待も含み、となれば、者や教会のお偉方にふさわしく、質と安全を確保できる場所は領主自身の居城が式典の前の宿泊地となる。

 それが、アウラたちがメッツアでなくブオリに来た理由だった。


 美しい夕焼けに照らされながら、アウラたちの馬車が到着したのは、ブオリの中心の丘の上にある白亜の建物であった。

 メッツァの街に到着した時にはまだ明るかった空も、大聖堂での教会関係者による簡単な挨拶とブオリまでの少しの移動の間にちょうど夕暮れとなる。

 薄闇に、美麗で知られるメッツァに勝るとも劣らずと言われるブオリの街並みがライトアップされてそれは見応えのある風景であったのだが……


「はあ……」


 勇者には最高の部屋をと、街一番の絶景の見える部屋をあてがわれたアウラの、大きなため息が静かな部屋の中で響いた。


「いったい、どうすれば良いのか」


 せっかくの窓の外の様子も、見ている余裕もないのか、ソファーに腰掛けながら壁を見つめている。


「……あの頃が懐かしい」


 勇者アウラが思い出すのは仲間と一緒に邪神盗伐に向けての冒険をしていた頃のことであった。

 毎日が死の危険に隣回せで、時には泥水をすすり、魔物の腐肉を食らってでも生き延びた、大変な日々であった。

 しかし、


「何もかもが単純だった」


 ただ一つ、世界を守るという目標に向かって猪突猛進。

 余計なことを考えてる余裕はなかった。

 自分の生をすべて大義のために捧げていた。


 幼い頃に勇者であることが判明して、いままで、ずっと修行と冒険の日々しか過ごしていなかったアウラにとっては、戦いの日々こそが日常であったのだ。

 それしか生き方を知らないのであった。

 突然、


「子をなせと言われても……」


 困惑し、思考がぐちゃぐちゃになってしまう。

 いや、そんなこと、ふざけるなと聖女にだって一括して言ってしまったらよかったのだ。

 アウラは勇者なのだ。

 大司教だって、聖女にだって、何事も強制されることはないのだ。

 嫌なら嫌と言えば良いだけなのだが……


「どうしたらよいのだ」


 嫌とは言い切れないのだった。

 色恋沙汰どころか、民が邪神から救われる前に、勇者である自分が、何か楽しみを得ることもあってはならないと、極端なほど自分を押さえつけていたアウラだった。

 今、自分の感じている感情が何なのか良くわかっていない。


 魔法使いカイヤに茶化されたように、それは恋なのかもしれないと思う。

 あの男——イクスのことを思うだけで胸のドキドキが止まらなくなってしまう。

 しかし、恋だとか言われても、それがどんなものなのか、その気持をどうすれば良いかわからぬアウラは、モヤモヤとした自分の気持ちに身悶えしてしまうのだった。

 もしかして、この同じ館にあの(ひと)が。

 そう思ってしまうと、


「アウラ様」


「はい?」


 どうやら部屋のドアの向こう側から呼ぶ声のようだった。


「伝言を申しつかってまいりしました」


「はい……」


 この館のメイドであろう。

 先程アウラを部屋まで案内した女性と同じ声のように思えた。


「もし、お疲れで無ければですが」

「ああ、それは大丈夫だが……」


 一日の旅の疲れなど勇者にとってはなんの問題もない。

 アウラが疲れているのは別のことのせいだが、それを理由に何か断るわけにもいかない。 


「……ご無理がければですが。晩餐まではまだ魔があるのですが、アウラ様がお付きになったのをお聞きになったウネルマ様が、それまでの間に少しお茶でもご一緒にと」

「ぁ……」


 なにか言おうとしたが声が裏返るアウラ。

 なぜなら、


「どうかなさいましたか」

「いや……なんでもない。それではすぐに参るとお伝えを……」



 第二聖女であるウネルマがいるということは、一緒に行動しているロータス、そしてイクスがいるということであるのだから。


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