勇者の恋心
「くしゅん!」
なんだか妙に鼻がムズムズして、くしゃみをしてしまったアウラであった。
カイヤと二人でメッツァの街の大聖堂で行われる式典へ向かう途中のことであった。
「どうしうたの……状態異常無効化のギフト持ちの勇者が風邪ひくこともないだろうし、街に入って少し埃っぽくなったかな?」
「そうかも。なんかムズムズしか感じがして」
カイヤの言葉に、そういえばそうかもと思って、
「窓締めてくれる……せっかくの美麗で有名な街の風景だけど」
「大聖堂なら、これからいくらでも見れるからね」
馬車の窓はしまって、薄暗い車内に魔法の灯りが灯る。
大陸中に名を知られる聖堂の尖塔と周りの美しい街並み。
晴れた空にそびえる山脈の威容。
ちょうどその全貌が見える絶好のロケーションに馬車はいたのだったが、
「……おさまったかな」
噂をする者たちもタイミングが悪いものである。
窓を閉め、景色が全く見えない、薄暗い車内なら、
「なんなら、もう一回寝たら。式典が始まったら、そのまま深夜まで寝れないし……それに」
「それに?」
カイヤの薄笑い混じりの言葉に、なんか不穏な空気を感じて身構えるアウラ。
「その後……よる寝られないようにしないと行けないでしょ。狙いの殿方を」
「カイヤ。それ、やめて……」
と顔を真っ赤にするが、言葉に勢いのないアウラであった。
だって、彼女自身、それをしないといけないと思っていたから。
いや、いや、しょうがなくてだよ。
聖女に言われたから。
この世界の未来を守るために。
いろいろ、言い訳が頭をよぎるのだが、
「ふふ、あのアウラがね」
「……」
地獄の邪神討伐を一緒に生き抜いて、心を深く通い合わせたカイヤにはお見通しであった。
カイヤは、勇者パーティに入るまでに、人生の酸いも甘いも噛み分けた大人の女性だ。
子供のころから純粋培養で男を除去された環境で育ったおぼこの心などスカスカのガラス越しに覗き込んでいるようなものであった。
「いや、私はそんなことは考えてないぞ」
「そんなこと?」
「そんなこと……」
「考えているんだ、今」
「……」
「なぜ黙る」
「私は……」
「思うようにやれば良いと思うよ」
「え……あ……」
素直に言われるがままにやりたいことを思ったら、顔が真っ赤かに鳴ってしまったアウラ。
「……なんか、流石に大丈夫かなって思うよ……アウラ……あの男に一人でアタックできそう?」
「……だ」
「?」
「……ょぶだ」
「?」
「……一人で、大丈夫だ」
「大丈夫? ほんとに? どうするつもり?」
「……それは」
正直何にも思いつかないアウラ。
「こりゃ……何もできないでずっと男の前でウロウロするだけかな? 相手が声かけてくれればよいけれど……」
「……」
「どうもそういう男でもないみたいなので……」
「……」
困った顔でうつむき続けるアウラに、
「ここはお姉さんに任せなさい!」
と旨を叩きながら言うカイヤなのであった。