夜が明けて——ヘンリとセラフィーナ
物語の整合性でセラフィーナの生家の爵位は伯爵家から子爵家に改稿しています。
さて、カウニスの街の古城で、過去の勇者サトレイと勇者として覚醒したその子孫のヘンリとの戦いがあった夜が明けて……
「すぴぃー……すぴぃー……」
ベットで気持ちよさそうにいびきをかいているのはセラフィーナであった。
横の椅子に座り、その寝顔を愛おしげに眺めているのはヘンリ。
激動の一夜が開け伯爵の館に帰ってきた一行。
もちろん、
「呑気なというか……図太い女じゃな」
ローゼもピンピンしている。
「あれほどの戦いを目にしてですか」
「そうじゃな……」
感心したような目をしている二人。
しかし、
「もう昼になろうというのに眠りっぱなしというのはじゃな……」
「ローゼ様のお付きの者としては不味い行動ですかね?」
「邪魔にならなければ、妾は細かいこと気にしないのじゃが。どんなしつけを……」
「セラヴィ家では……ですか?」
「ふむ。もちろん、知っておるのじゃろうな……セラフィーナの父のことも」
「はい。我が家のメイドの中にセラヴィ家で前に働いていたものがおりまして、気づきました」
「貴族同士じゃ。お主も社交やらヤータ聖教の式典とかで前にあったことがあるのではないかの」
「たぶん、子供の頃にはあっていたかと思いますが……」
「最近はセラフィーナ修道所に押し込まれていたらしいからの。その前も……」
「セラヴィ家の問題児でしたからね。公の場には出してもらえなかったようです」
「問題児には違いがないのじゃが……」
「あの家になら反抗しても仕方がないかと」
セラフィーナの生まれたセラヴィ子爵家は、聖都の周りに所領を持つ貴族の中で、もともとは、それほど有力な一族ではない。
今の投手の五代前に、聖都周辺の魔物討伐の功が認められて男爵から子爵になったのだが所領は男爵の時と殆ど変わらず、貧乏子爵として細々と家督を継いできたのだった。
ところが先代の当主の時、一家は領地経営もそっちのけであくどい商売に手を出して、大きな力を持つようになっていったのだった。奴隷売買、麻薬流通、高利貸し……犯罪組織とも貴族の権力で便宜を図るなどの関係を保ちながらその富をどんどんと増やしてきた。
今では、経済力だけならば有力伯爵にも匹敵しようという状態で、となれば、いきおい、ろくでもない権力もそれに追従してくる。
そんな子爵家の娘のセラフィーナだが、
「なかなかおもしろい奴じゃ。ただの不良娘じゃないぞ……なのじゃ」
「なのでローゼ様もおそばに置いたのでしょう」
「ちょうど、妾の専属のメイドが所要があって遠くにいっておるのでな、身の回りの世話をしてもらうと思ってな」
「たまたま……出会ったのですか?」
「ほう、何か知ってるような顔つきじゃが」
「修道院から脱走中の彼女と、ローゼ様はどこで出会ったのでしょうか」
「修道院から逃亡中という話も掴んでおるのじゃな。その話は、セラヴィ家が必死に抑え込んでいるはずじゃが」
「それは、修道院にも我が家の情報元はありますから」
「なるほどなのじゃ。しかし、じゃが……」
「はい」
「そもそも、お主はセラフィーナが修道院から脱走中……という話は信じておるのかえ?」
「いえ」
「そうじゃろうな」
「逃亡したというには、少し不自然だったようです。真面目な修道女とはとても言えなかったようですし、こんな場所はさっさと抜け出すとかしばしば言っていたようですが、無計画に逃げ出してなんとかなると思うような……」
「そんな間抜けなことをする女じゃないのじゃ」
「そういうことです」
「少々お馬鹿じゃが抜け目ないやつじゃ。逃げるなら、しっかり準備をしてから計画的にするじゃろうな」
「ローゼ様がその手引きをしたのではないですよね」
「もちろんじゃ。たまたま出会ったのじゃ」
「逃げたのではなく……何らかの理由で消えたる修道女とたまたまですか」
「少し、動向を追っている男がいたのじゃがな。そいつに……」
「アウグス大司教ですかね」
「ふむ。なんでそう思ったのじゃ?」
「何か証拠を掴んでいるわけではありませんが、相当良くない噂がある人ですので」
「正解を知ってどうするのじゃ。聖女とやらに言って解任してもらうのか……なのじゃ?」
「それはもう正解と言ってるようなものですが……もし、ローゼ様に本当のことをおっしゃっていただいても、大司教の解任は簡単ではありません」
「妾も、一応、勇者の邪竜討伐を手伝った謎のパーティのひとりじゃがな」
「教会の半分を敵に回すには、正直、真実だけでは力不足ですので」
「まあ、よそ者の妾は、この地の正義などに興味はないのじゃがな」
「しかし、アウグス大司教には興味がおありで」
「そうじゃな」
「なるほど……であれば、ローゼ様の目的が、私の目的と合うのかはわかりませんが、我がカウニス伯爵家にもアウグス大司教の調査を手伝わせていただけないでしょうか」
一度言葉を切ったヘンリは、熱っぽい目になり続ける。
「大司教の問題を解決しないと……どうやら彼によって死んだことにされているセラフィーナと私は……」
「うひぃ!」
「「?」」
寝ているはずのセラフィーナが妙な声を出したのを不思議そうに見るローゼとヘンリ。
「う……ひぃ……すぴぃー……すぴぃー……」
目はつぶったままであるが、なんか、随分とニヤけた顔になっているセラフィーナ。
「おっと……寝ているセラフィーナを起こしてしまいそうです。寝顔を見にやってきたのですが、ローゼ様続きは部屋をかえて……」
「そうじゃの……まあ、狸はもう少し寝かせておこう」
「狸?」
「いや、この星にはおらない動物じゃ、狸寝入りなんて言葉もしらないじゃろうな」
「はい?」
「まあ、どうでも良いことのなので、気にしないのじゃ」
「はあ……?」
というわけで、掛け布団の下でガッツポーズを決めるセラフィーナを残して別室に向かう二人なのであった。