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勇者アウラ

 さてさて、一通り話して落ち着いたのか、いつの間にかすやすやと寝息をたてるアウラであった。


「ほんと、可愛い……」


 思わず声がもれるカイヤだった。


 勇者にむかって不敬な感情だとはわかっている。

 いくら親しいカイヤといえど、精霊に選ばれた勇者にたいして、可愛いなどという俗な感情を持つことは、その崇高さ、偉大さを削ぐ感情であると叱咤を受けてしまうだろう。


 いや、カイヤだって、いっしょのパーティとなってともに冒険するまでは、アウラは、可愛いなどと言われるべきではない、完璧な超人であると思っていた。


 それは、邪神の部下が魔物の暴走(スタンピード)を引き起こし、聖都の壊滅を狙った時のことだった。

 魔物だけでなく、人間も精神操作をする悪魔ヒプノースに、聖都の城壁の内外とも大混乱に陥ったのだが、アウラはその時に勇者としての役目を立派にこなしていた。

 互いに誰が敵かわからなくなってしまった状態でも、アウラは決して仲間を信じることをやめなかった。


 ちょっとした、誤解や、迂闊な動きで、人間同士が殺し合いになってしまうような地獄の戦場であった。精神を蝕む力を持つ悪魔の策略は、見事に成功していた。

 信頼がないものには背中を任せられない。隙を見せたら味方のはずの者から殺される。

 そんな疑心暗鬼がはびこる状態ではまともな戦いになるわけがない。


 あちこちで、人間の戦線は崩壊し、魔物に蹂躙される者、逃亡するものが多発していた。

 まだなんとか取り押さえられていたのだが、悪魔に操られて城門を開けようとするものも現れる始末。

 守りが分断された隙を突いて、城壁を登り侵入する魔獣も現れ始めていた。

 戦闘に参加していない一般人や聖職者への被害も出始めていた。

 聖女や大司教は、聖都を捨てて避難することも検討され始めていた。


 しかし、アウラには一片のブレも存在しなかった。

 彼女は、すべてを、民を、精霊を信じ、彼女のやるべきことをこなすだけであった。

 あやつられ彼女に県を振るうものに対しても、慈悲の微笑みを向けた。

 勇者は、そこに立つだけで戦場を変えた。

 悪魔に心を囚われたものも、彼女のオーラに圧倒され、その前にひざまずいた。


 なぜなら、アウラは希望だった。

 希望こそが勇者を作り上げていた。

 すべての人々の願い。

 邪にそまった者でも、それを否定することはできなかった。

 心のそこにある希望——勇者がそれであった。


 人々の希望を一身に受けて、輝く聖なる斧。

 人々は皆その光に魅せられて、集まった。

 

 いつのまにか魔物は警備兵や冒険者達に押し返されていた。

 希が——アウラ——が、人々をまとめた。

 彼女は、希望そのもの。

 聖なる勇者だった。


「まったく、あの勇者様がこんな……」


 カイヤは、まるで赤子を愛でるかのような、自愛に満ちた表情でアウラを見守る。

 人間離れした、完璧な人物だと思っていた勇者様が、こんな人間味に溢れた、気づききやすい少女だったとは……


「でも、だからこそ、あなたはすごいのよアウラ」


 だからこそ、人々の希望になれる。

 一緒に冒険をする中で、カイヤは、アウラの弱さと、それ故の強さをしった。

 それは、遠くから見た超人のような勇者の姿よりも、ずっと尊く感じられた。


 魔獣の群れに向かって振り下ろされる、聖なる斧。

 それは、魔獣だkではなく、地に隠れていた悪魔ヒプノースをも叩き切る。

 あがる大歓声のなか、人々に笑いかけるアウラ。

 そんな、彼女の姿を思い出しながら、


「ああ、汚れきった私が言えることではないのだけど……誰にも渡したくない……」


 と言うカイヤの顔には、一瞬、とても冷酷な表情が浮かぶのであった。


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