夜が明けて——アウラ
勇者アウラが気づかぬうちに、いろんなことが起きていた——夜が明けた。
別の大陸では盗賊団がヴィンにより壊滅して、聖都近くのカウニスの街では古城が謎の光に包まれた。聖都の路上では食人鬼が根暗男にのされていたり。
どれも、この後の世界の明暗を分ける重大な事件ばかりなのであるが……
それとは関係なく、随分と具合の悪そうなアウラであった。
目の周りにクマを作っていて、ろくに寝れていないのは明らかだった。
とはいえ彼女は当代の勇者である。
一晩寝てないくらいでどうにかなってしまうような、生ぬるい人生は送っていない。
この間までの邪神討伐のための冒険の日々では、二徹、三徹など当たり前。
流石に、回復魔術をかけてもらい続けてとはいうものの、一週間もぶっ続けで戦い続けたこともある。
たかだか、一晩くらいで、暗い顔をして、身動きもしないで下を向いて、ブツブツと繰り言を呟き続けるような精神状態になるわけは無いが、
「一体どうしたのアウラ?」
あまりにボロボロの彼女に声をかけたのは、パーティメンバーにして友人の、魔法使いカイヤであった。
先程、馬車で一緒に出発した二人。
今日から聖都を離れ、一日がかりでメッツァという街まで移動して、そこの大聖堂でマティアスの大司教が行う式典に出席するためだった。
朝早く、夜明けともに馬車は走り出し、夕暮れまでぶっ通しで走り続ける強行軍である。
アウラがぼんやりと宙をみつめ微動だにしないのも、今日の長旅に体力を取っておいているのかなていどにしか思っていなかったカイヤだった。
あるいは、昨夜は、聖女に夜遅く呼び出されたのもしっているので、寝不足で少し寝ておこうとしているのかな、とも思った。
なので、気を使って、なるべく声をかけないようにしていたのだが、あまりにあまりの当代の勇者の姿に、思わず声をかけてしまったのだった。
しかし、
「なんでも無い……」
との力ない返事に、そんな訳はないだろという顔になるカイヤ。
邪竜相手で絶望的な状況に追い込まれた時でも、アウラはこんな気弱な表情にはならなかった。
「絶対なんかあるでしょ」
無いわけがない。
「いや……」
「なわけなくて……」
「それは……」
相変わらず言いよどむ勇者だが、
「まさか……あれ……悩んでた?」
ふと、悩みがなんなのかに思い至ったカイヤ。
親友の考えていることを、ちょっとした表情の変化から読み取ったアウラ。
勇者の顔はあっという間に真っ赤っ赤である。
なにしろ、アウラが夜通しなやんでいたことはあれだからである。
あれ——彼女の果たすべくき新たな任務。
子作りだった。
勇者アウラがまるで相手にならなかった邪竜を赤子扱いにした謎の男イクス。
その強者と子作りをすることであった。
あの強者と勇者アウラの子だ。
邪竜のような世界の脅威が再び現れても、立ち向かえるような子が生まれるに違いない。
と……
カイヤに、冗談半分で言われただけならまだ良かったが、聖女にまで言われてしまったのだ。
全く顔の笑っていない彼女の言葉にアウラは背筋が寒くなった。
なにしろ、それは命令と捉えて良いものだった。
聖女は勇者に子を作れという指示を出したのだった。
——いや、別にアウラは聖女の奴隷ではない。
この国では勇者の地位は高い。
むしろ、格的には同等と言って良いのだった。
実際には、聖女やその他大司教のつくる枢機卿団の指示のもとに勇者は動くのであるが、建前的にはあくまでも同格で協力する立場である。
命令でも、いやなら断る権利がある。
ましてや子供を作るなどというプライベートに踏み込んだ話であれば、アウラが「ふざけるな!」と勇者の威厳をもって断れば、それで話は終わりである。
なのだが……
「断る気も無いのかな」
「——!」
真っ赤な顔が更にゆだるアウラであった。
「もしかして一目惚れしちゃってる?」
「……」
当たらずとも遠からずといった様子で、なんとも曖昧にうなずくいてしまうアウラなのであった。