戦いの真実
ウネルマ。
正直アウラが苦手な女性であった。
ヤータ聖教国の近隣の国の貴族の常として、箔をつけるために十歳の時に修道女となった彼女。
通常であれば、五年も真面目に修行を積めば、還俗して有力貴族に嫁入りとなるところであるが、本当に聖女の才能があったせいでそのまま修道院に残ったまま、この世界としては行き遅れとなる二十歳となるまで修道女となったままであった。
現在の聖女でなければ彼女ががそうであっただろうと言われるくらいの人格と能力をそなえているウネルマだった。
しかし、彼女の親の政治力を使っても、聖女とのちょっとした差がこえられぬまま数年が経ち、同い年の聖女が早死でもしない限り順番は回ってこない。
しかし、
「……私はちゃんと真実を掴んでますよ」
アウラに小声で耳打ちするウネルマ。
真実。
勇者が実は勇者でなかった。邪竜を本当に倒したのは謎の介入者であった。
という事実。
ウネルマはそのことを知っているのか?
アウラの心臓がドクンと波打った。
邪竜討伐に関わる介入者の件は、聖女の他に、勇者の冒険の主幹となった大司教とその部下数人にだけしらない秘密であった。
それをウネルマは知っている。もちろん序列二位の聖職者であればいろいろと教会内に情報源があるのは間違いないが、もっとも疑わしいのは、
「ロータス様、この度のご助力、誠にありがとうございました」
この場にいるロータスとイクスであることは間違いない。
でも、
「私がいたしましたのは、勇者の皆様の回復を行っただけで、こちらのイクスも……」
「いえ、勇者どのが邪竜を倒せたのは御身様たちのおかげと考えております。ロータス様の回復の秘術がなければ勇者様といえどどうなっていたか。また、イクス様が防御を担当してくれたからこそ勇者どのは聖なる斧を振るうことができたのだとお聞きしております」
どうもロータスとイクスの二人は事実を全部言っているわけでないようだ。
ロータスが勇者パーティの回復を行ってくれたのは事実だが、それは戦いが終わってからだった。そもそもイクスが、あっという間に邪竜を倒す寸前まで追い詰めていたため、勇者たちを回復させるひまもなかった。
「……イクス様が邪竜の気を引いている間に、回復した剣士ヴィーゴと槍兵ヘイモの波状攻撃! 魔法使いカイヤが麻痺の魔法をかけたところで勇者アウラの聖なる斧が振り下ろされる! ああ、できればその場で戦いを見てみたかったものですわ!」
というストーリーを吹き込んだのか。
事実とは大幅に異なるが、聖教で吟遊詩人たちに渡し広めようとしているものと矛盾はしない。
酒場で歌われるだろう詩には勇者パーティだけしか出てこないし、もっとその勇姿を強調しているものになっているが、その内容はパーティメンバーそれぞれの役割に応じて組み立ててあるので、今ウネルマの話した内容とほぼ同じだ。
アウラの勇者パーティの基本的な戦い方と必勝パターンそのままなので、でっち上げるとしたらこれが一番自然となる。
というか、邪竜に、実際にも語られた通りの戦い方をアウラたちは行っていたのだ。
ただ、全然刃が立たなかっただけで……
「ともかく……聖女様のお考えがわからないわけではありません。今は勇者を求心力として全人類が復興のためにまとまらねばならない時期でありますわ。勇者の功績に余計な横槍を入れるべきではないと思いますわ。でも、実際の功績のあった方々をないがしろにしたままなのは気分がすぐれません」
「はい……」
思いっきりの同意を込めて首肯するアウラ。
そもそも彼女も、それで憂鬱になっているのだ。
自分が倒したわけでもない邪竜の討伐で英雄にまつりあげられていることで。
「なので聖教としても、できる限りこの方達に報わないといけないと思いますの……別大陸の聖女ロータス様と勇者イクス様には!」
え、別大陸?
アウラもそうではないかと思った……というよりも、それくらいしか可能性思いつかなかったのであるが……
本当にそうなの?
……と思ったアウラがロータスを見ると。
ウネルマに見えないように軽くウィンクしながら舌をぺろりと出すロータス。
どうやら、別大陸の聖女や勇者なんて言うタマで収まるような目の前の二人ではないのだなと思うアウラなのであった。