深夜の聖都の裏通り
勉強不足の不足の勇者がベットで悶々としてい深夜、そんな勉強はもう十分過ぎるくらい十分な者たちが集まっている聖都の花街では、一人の男が満足げな顔をしながら暗い裏通りを歩いていた。
食人鬼ディーノであった。
ローゼにより騙されて、以前セラフィーナの偽物を喰らうことになった彼であったが、今日は本物にありつけた。彼の主、アウグスと敵対する大司教を後援する貴族をうまいこと仕留めたのであった。
いつも通り少数の護衛に囲まれて、お忍びでやってきたその伯爵は、彼の異常な性欲を満足させせるべく十人の娼婦を集めて、乱痴気騒ぎをしていたのだが……
今部屋の中は、血まみれのベットと、ビリビリに破けた服、僅かな肉片のみであった。いや、それも、今、娼館の主によって入念に片付けられて証拠も残らぬように片付けられてしまっていた。
明日より、伯爵の失踪は、しばらく街を騒がせるだろうが、そもそも人に言えぬような性癖を満たすためにそこに来ていた男である。
いくら厚顔無恥で知られる彼の一族といえども、おおっぴらに今夜の出来事を追求するのははばかれる。
証拠も——ディーノが全て食べてしまっているのだから。
罠にかかった、馬鹿な男だ。
辺境伯の断末魔の顔をおもいだしながらディーノは薄笑いを浮かべた。
異民族との悪どい交易で大儲けしていたあの男に、この食人鬼は何か思うところがあるわけではない。悪徳貴族など世の中にゴロゴロしていて、そんな連中のことをいちいち気にしていたら、四六時中怒り続けていなければならず、そんな無意味な時間、まさしく人生の無駄と言いうものだ。
ディーノは彼の、思うがままの楽しい時間が得られればそれで良い。
主人であるアウグスにもそれだけを望み、大司教もそれをディーノに与えてくれる。
脅かしも、強制も無く……富や栄華で釣っているわけでもない。
その食人鬼という種族の性質上、人間とは敵対し、絶滅寸前までに追い込まれていたディーノの仲間たちであったが、アウグスの一派が汚れ仕事を任せるために密かに保護をしている。
持ちつ持たれつであった。
信頼も信用もないビジネスライクな関係であるが、それゆえに、双方ともに利用価値があるうちは裏切りもない。
辺境伯は、命乞いの中で、富と栄華を引き換えに、主の乗り換えを提案してきた。
ああ、わかっていない。
ディーノは深いため息をついた。
富や栄華など、人間どもの欲望を押し付けてもらっても困る。
食人鬼は、それを喰らうのだ。
人間の中での貴賤、貧富など牙の前にはなんの意味もない。
伯爵も娼婦も区別はない。
それを分からぬ人間はすべて彼の腹の中に……
「誰だ!」
暗闇の中にただならぬ気配を感じたディーノは、立ち止まり、叫ぶ。
「思ったより早く気付いたな……」
現れたのはイクス——勇者が子をなせと言われて困っている……謎の男であった。