ヘンリの覚悟
また人気というか、魔物気のなくなった城内を見わたしてローゼが言う。
「今度も、現れたのは死霊ではなかったの……この城の残留思念に操られた傀儡じゃった。お主も知っておったのじゃろ」
「はい。我が家がそれに気づくのに何代かかかりましたが、一瞬で見抜くとはさすがですね」
「領民たちは、まったく知らないのか……なのじゃ」
「夜には死霊、悪鬼がはびこる魔境と思っっております。その、本当の正体には誰も気づいたものはいないか……」
ヘンリは、先程まで魔物と化した人間が群れをなしていた城内の暗闇を見つめながら言う。
「あの者たちの仲間入りをしてしまったかです」
「なるほど……半端な泥棒などはこの城には近づかんじゃろな」
「おかげでこの城の主の秘密が守られているのですが……」
「それなら、やはり良かったのかえ? 魔物が消えたとなると、良からぬ考えを持って入ってくるこそ泥が増えてくると思うのじゃが」
「魔物がいなくても、そうそう城の奥まではたどり着けないとは思います。城にかかった呪いによって、幻覚を見せられたり、壁が崩れてきたり……いままでに、魔物のでない昼に中に入った、我が家のものも、全て失敗しているのですから」
「そりゃ侵入は失敗するじゃろうがの……」
「いままでに命知らずなこそ泥が昼に城に侵入した例はないではないですが、連中は敷地に入ったあとに、少し地が鳴動したくらいで逃げ出していました」
「魔物がいる城に忍び込もうと思うような、危険の判断ができないような連中じゃからの。いきおい小物ばかりじゃったのだろう」
「そのとおりですので……」
「魔物がいなくなったとわかったら、その能力を持った者たちがやってくるかもしれない……ということなのじゃ」
「はい。城の主の正体に気づくものもでてくると思います」
「ならば、今日やりきらないといけないということじゃの」
「そのとおりで……ローゼ様がいらしたので父もその判断をしたということです」
「妾が裏切るとか考えないのか……なのじゃ? このままお主を亡き者にしてしまうように別の貴族に雇われた刺客かもしれないのじゃ」
「……覚悟の上です。我が家の悲願が叶えられるチャンスに命を惜しむような育てられ方はしておりません。父もそのつもりで私を送り出していますし、それに……」
「それに?」
「ローゼ様が、その気になれば我が家ごと滅ぼすのも簡単だろうし……このヘンリの命なんてちっぽけなものが目的ではないでしょう?」
「その通りじゃがの……」
「勇者パーテイが失敗した邪神討伐……ローゼ様はそれをなした人たちの一員ですよね。なにか探しものをしておりますが、それは邪神などというちっぽけなものではないと聞いてます」
「ほう。あのパーティの中に伯爵家の息がかかったものがいたのかの」
「……言及はひかえさせていただきますが。ローゼ様が気にするならばお調べになれば……」
「まあ、興味もないので調べないがの」
「はい、存じております。ご興味があるのは……」
ヘンリは城の奥を睨みながら言った。
「少なくとも、残留思念以上で……」