オブシディアン盗賊団
「盗賊団と名乗ってますが、ほぼ軍隊のようなものです」
この地に巣食う盗賊団——オブシディアン——の恐ろしさについて語るヴィン。
「実際、ある滅びた国の王都警備隊が奴らの元になっています」
「滅びた国ですか?」
「話の流れ的に、その滅亡となんか関係がありそうだね……盗賊たち」
「はい」
ヴィンは頷きながら、サクアとフェムに向かって言う。
「……滅びたのはファンデルという国だったのですが、それは、盗賊団——当時の警備隊のクーデターが原因となります」
なるほど、主君にとって代わろうとした軍が蜂起する。
我らの住む地球でも、古今東西、あらゆる場所で繰り返されてきた国の危機だ。
しかし、それが必ずうまく行くのかと言えば、
「自分たちが取って代わろうとしたんですか」
「でも失敗したんだよね。今盗賊団をやってるわけだし」
少なくとも、国が滅んだのならばクーデターもうまく行かなかったに違いない。乗っ取ろうとした国自体がなくなってしまったのだから。
「蜂起した警備隊が国王を殺害したまでは良かったのですが、その混乱をついて隣国が攻め込んで来て国が滅んでしまったのです」
「その後に警備隊は盗賊になったと言うことですか」
「ありそうな話だけど、でもクーデターをした警備隊に勝った隣国が、盗賊になったそいつらを放っておいてるってこと? 変な話だね」
ヴィンはもちろんと言った顔で頷き、
「隣国も、治安の不安要因になっているだけでなく、いつまた反旗を翻すかわからない連中を放っておくほど間抜けではありません……でも……」
横を向き、地平線の向こうに聳える山々を見ながら言う。
「……魔物たちと同盟を組んだのです」
平原での野戦に負けて、追い詰められた元王都警備隊。
たてこもった岩山にいた魔族に持ちかけられた共闘の誘い。
普段なら、そんな話に乗るわけもないが、
「自分たちが人類の敵になるのだと分かっていても……それを断るのは彼らの死を意味していました。ならば……」
「水は低きに流れるって言うことですね」
「その程度の連中だったってことだろうけど」
「はい。正直クーデターが成功していても、そのまま国を収められるような器だったとは思えませんが……兵としての実力は確かな連中で……とはいえ、国の主力軍隊を差し向ければ潰せないこともないんですが……」
「……魔族の後ろ盾を得たので、あまり派手なことをして戦争に発展させたくない——というところですかね」
「魔族の狙いもそれかな。同盟を結んだオブシディアン警備隊、改め、盗賊団の救出の名目で開戦に持ち込む……そうしないといけない事情が魔族側にあるってことかな?」
「魔族にも穏健派がいて、人間との戦いに積極的でない連中もいまして。しかし、始まってしまえば反対もできないだろうと……その着火剤に連中を使おうと主戦派が」
「なるほど、なので盗賊団は、人間たちがしびれを切らして襲ってくるように嫌がらせを続けていると……」
「うっとうしい連中だね」
「そうなんです。正直、個人的には元は一国の警備団だったという連中に、腕試しをしてみたい気持ちが無いわけではない……往時には、なかなかの強者ぞろいだと名が轟いていましたからね。でも正々堂々一騎打ちしてくれるような相手じゃないですし」
「なるほど……わかりました」
「ヴィンがいくら強くても、多勢に無勢だということだね」
「……その通りです」
「うっかり勝ってしまっても、戦争が起きてしまうのだし……」
「手出し無用な盗賊団なのか」
と言うと、なにやら神妙な顔で考え込むサクアとフェム。
それを見て、
「はい」
やっと分かってくれたかと安心した表情になるヴィンであったが、
「なら……これ」
「ん?」
サクアが何やらいわく有りげな剣を手渡す。
今まで何もなかった空中から取り出したように見えるが、ヴィンにそんなことを突っ込まれる前に、
「ちょっとそれ構えてみてくれない?」
「……この剣を? ずいぶん良いもののようですが……」
「そうそう……我が家に第第伝わる業物でね」
なんで、こんなタイミングでそんな事をさせるのか、さっぱり意味が分からないが、なにやら良さげな剣を見ると剣士のさがで体が動いてしまうヴィン。見事な八相の構えで、
「あれ? なんか体に力がみなぎってくるような気がします。今なら、なんか山でも切れそうな……」
「おっ、そうですか。やっぱり見込んだ通りですね」
「こりゃ、逸材だね。あんなトカゲよりずっと才能あるよヴィン。ただこの星じゃ才能活かしきれないだろうけど……」
「? お二人共何言ってるんですか」
「あ、気にしなくて良いので……」
「それより、頼みがあるんだけど」
「頼み? なんですか?」
「簡単なことですよ。なんか私たち、このままじゃ無念じゃないですが」
「盗賊に手を出したらまずいのはわかったけど、すごすご逃げ帰るしかできないのは悔しいよね」
「それは……」
盗賊に襲われ家族同然の執事を殺された(嘘だけど)二人のことを思うと、なんともやるせない思いにとらわれるヴィンであった。
「そこで、せめて……ものお願いなのですよ」
「我々が気持ち的に一矢報いられるように盗賊と後ろの魔物の住む山を斬って欲しいのです」
「斬る?」
「いやいや……本当に斬るんじゃないですよ」
「斬るつもりで……その剣をバッと振り下ろして欲しいんだよ」
「なるほど……」
本当に斬ることができないなら、せめてそのふりをして溜飲をさげようということかとヴィンは理解する。
それなら、自分の全力でやってみよう。
自分の今までの修行の成果を全て出し切るつもりで剣を振り下ろそう。
このかわいそうな二人のために!
自分ができるせめてものこと。
それは、
「はあぁああああああああああああああああああ! ちぇすとぉおおおおおおおお!」
気合一閃。見事なフォームで剣を振り下ろしたヴィンであった。
しかし、剣の先からは、なにやら得体の知れない光が飛び出して、
「え……」
呆然と目の前の変わり果てた風景——真っ二つに破壊された盗賊の立て篭もる岩山、そしてその先の真っ二つに割れた大地と遠くの山を呆然と見ることになるのだった。