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秘所での相談

 さて、この星の文明消滅の危機であった大災厄——邪竜との戦いから数日後のことであった。事件の場所は、アウラたち勇者が邪竜と戦った場所から、地球の単位で言うなら100キロほど離れたヴァロという都市。ここは勇者たちを保護するヤータ聖教会の本拠地にして大陸第三の大都市となる。


 高い城壁に囲まれた中に30万人が居住するそこは、人に聖都と呼ばれるだけはあり、大聖堂を中心として宗教施設の立ち並ぶ、荘厳で気高い街並みで有名であるが……


 光あるところには闇がある。

 都市中央を走る、煌びやかな大通りの近くでも、少し裏通りに回ったならば、聖都に参拝にきた連中を狙っての悪所が立ち並ぶ。

 聖なる場所の近くに性を売る場所が並び立つ。これは地球でも洋の東西を問わずに頻繁に見られる光景であるが、この都市にも酒と快楽と暴力に満ちた、そんな場所が存在しているのであった。


 ただし、今はまだ昼前であった。

 夜となれば、街路まで溢れ出した娼婦や酔っ払いの大声で耳を塞ぎたくなるような喧騒に溢れた通りも、寂しささえ感じるような静けさである。

 こんな時間に路上にいるのは、寝転がるアル中の浮浪者の他は、時たま間違って入ってきてしまった巡礼者、あとは時々見回りでやってくる聖都の警備兵くらいのものだ。


 なので、立ち並ぶ怪しい店の数々も、まだそのほとんどは閉まっているのだがこの界隈で最も高級な娼館の一室から漏れる声。それは一見快感に震える嬌声のようにも聞こえるが、もし扉に近づいてその内容を聞き取ったならばまともな人ならば吐き気を覚えてしまうのではないか。

 それは快感ではなく、恐怖により出た叫びであった。必死に助けを求める女の声は、しだいに弱くか細くなって、ついにはまったく聞こえなくなって……


 その部屋、この界隈で最も高級な娼館の一室では、恰幅の良い老人が、豪華なソファーに座りながら、床に白目をむいて倒れるうら若き全裸の女を見下ろしながら言った。酷薄な笑みを浮かべる老人の横に立つのは、あきらかに只者ではない怪しげな雰囲気を出す痩身の男。


 転がる女の意識はまだ微かにあるようだが、その生気のない顔はもはや死人のようであった。身体中に殴られたりムチで打たれたような傷があり、首も強く締められた跡がついていた。


 なにより、精神的に崩壊してしまっているのか、快感と恐怖の言葉をうわ言のように繰り返している。命に別状は無いようであったが、このまま正気にかえることは一生涯ないのではと思えるようなひどい様子であった。


 老人は、そんな女のことなどまるで気にした様子もなく、


「では、そろそろ……なぜ邪竜が失敗したのか教えて貰おうかディーノ」

「申し訳ございませんでしたアウグス様、想定外の何者かが介入したようで」


 隣に立つ男に話しかけるアウグスと呼ばれた男。

 ディーノと呼ばれた男は恐縮した表情で礼をしながらこたえる。

 しかし、


「想定外とな?」


 アウグスはどうにも納得が言っていないような表情を浮かべる。


「勇者たち以外の何者かが戦いに介入したようで」

「その正体は?」

「不明です」

「不明?」


 ディーノはアウグスのイライラした表情にもまるで臆すること無く、淡々とした表情で言う。


「……見たこともない術を使う連中だそうで」

邪竜(あれ)は勇者など赤ん坊のように扱うことのできる怪物だぞ? それを倒すことができるような物をお主が知らないなんてことがあるのか?」

「世にでている者ではおりませんな」

「闇の者と言うことか」

「私と同じようにですかな?」


 と言うとディーノは鼻で笑う。


「それも違うと言いたそうじゃな」

「いえ、もちろん私どもとて完璧ではございませんので、知らない場所に思わぬ実力者が隠れているということもあるでしょうが……」

「お主の組織の調査をくぐり抜ける異能の者などそうそういないと言いたいようだな」

「はい。普段この聖都と関わりのあるような国には少なくともおりませんな」

「ならば、もっと遠くから来たということか」

「異教の統べる辺境にそのようなものたちがおるならば」

「我が聖教以外の地に優れたものなどいるわけもない……と立場上は言わねばならぬが」

「さすが大司教様でございます」

「ここでその名で呼ぶでは無い」


 アウグスは、そう言ってから、床で不気味に体をくねらせる女をちらりと見る。その顔に若干の不安の色が浮かんだのをディーノは見逃さず、


「話の途中ですが……先に始末しておきますか?」


 アウグスは大儀そうに首肯して、


「そうだな。もはや言葉を理解する頭もないだろうが……念には念を入れておいた方がよいだろうな」

「では、いただかさせて貰います」


 ディーノは、目をカッと見開くと、瞬く間にその姿を変えた。

 顔は歪み、髪は乱れ、体も何倍にも膨れ上がる。

 口からはよだれを垂らし、鋭い牙がはみ出している。

 変化の魔法で隠していた彼の真の姿。

 食人鬼(グール)であった。


 変わり果てたすがたとなったディーノは、獣のような雄叫びをあげると、横たわる女の喉笛に噛みつく。痛みに女は、一瞬正気にかえるのだが、悲鳴をあげる間もなく、


「美味しゅうございました」


 あっという間に、骨さえも残らず食い尽くされてしまっていたのだった。

 その様子を愉悦に身を震わせながら見ていたアウグスが言う。


「いつも助かっておるぞディーノ。この女、いくら悪徳貴族の一族でも爪弾きの札付き不良娘とはいえ、貴族は貴族。平民と違って消えてしまったら騒ぎになるからな……しかし、本人がいなくなれば証拠も残らん……修道女の修行が辛くて逃げ出して行方不明といえばそれ以上は追求されることも無いだろう」

「いえ、これが私の種族が神から与えられた役目ですから……」


 笑い合うふたり。

 眼の前の凄惨な光景を見ても、罪の意識などまるで感じられないようだた。

 食人鬼であるディーノはともかく、大司教であるらしいアウグスのその心にはいったいどんな化け物が住んでいるのかと恐ろしくなるが、


「実際のところ、辺境に隠れていた大魔法使いや賢者がこのタイミングで現れるということなどありえるだろうか」

「無いとはいえませぬな」

「……我々の動きを察知するものも現れる頃ということか」

「そうですな邪竜をつくるために少し派手に動きすぎましたから。へたしたら聖女様も薄々お気づきかと」

「気づいても時すでに遅しだがな」


 何事もなかったかのように、平然と元の会話に戻る二人。


「しかし、邪竜を倒したという連中はいったい何者なのだ……使徒の他のグループの誰かということはないか」

「勇者パーティの内通者からの情報ではその可能性は低いかと。あの者は使徒の顔は大体覚えておりますから。それに、使った術は我らのものとはだいぶ違っているようで……」

「術というか、竜を殴り倒したと聞いたぞ」

「その通りのようで……」

「何者なんだ……」

「まったく……」

 

 まったく正体に思い至らなく黙ってしまった二人。


「勇者は、連中は他の大陸から来たのではと言っていたようだが……」

「理由があって言っていたのでは無いと思います。それにあの(・・)大陸の今の状況はアウグス様が一番ご存知でしょう」

「それはそうなのだが、山奥に隠れていた賢者の類と考えるのも安易すぎる感じがしての……我らは何か重要なことを見落としているのでは……しっかりと正体を見極めなければならない」

「はい、そのとおりでございます。個人的には、奴らは星の彼方からやってきたと言われた方がすっきりするくらいですけどね」

「はは、ディーノ……真剣な話をしてるんだ。冗談は程々にしておこう」

「たしかに、ふざけている場合ではありませんね……」


 そして、二人はそのまま、答えの出ない会話をそのまま続けるのであるが、


「意外に良い線いっておるのじゃ。妾たちは星の彼方よりもっと遠いところから来ておるのじゃがの」


 娼館の前の道路で、盗聴の魔術を使いアウグスとディーノの話を盗み聞いていたのは、二人が話していた連中(・・)の一人、魔法使いの格好をした妖艶な美女——ローゼであった。


「どっちにしても、お主は命拾いしたの。妾のおかげじゃ」


 ローゼの横には、顔を隠すためにか、服のフードを深く被っている女。


「……本当ににありがとう。私、喰われちゃうとこだったんだよね」


 もし、女がそのフードを取り去ったのならば、現れるのは先ほどアウグスに陵辱され、ディーノに捕食されたはずの者の顔。厄介払いで親にヤータ聖教会の修道所に押し込まれた、セラヴィ子爵家の問題児セラフィーナなのであった。


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