伯爵家の約束
なぜヘンリが勇者の子孫であることを語れないのか。
彼は、深刻そうな表情になり、説明を始める。
「悪魔——ガルパネンは消える前に勇者に呪いをかけました」
勇者の聖なる斧の一撃により、倒されたガルパネン。
しかし悪魔は、死ぬ前に自らの魂を贄に、今後の復活を捨ててまで、勇者を石像に変える呪いを放った。
それは、地霊の加護がある勇者にも防ぎ用のない強力なもので、目を見開いたまま固まった勇者サトレイはそのまま二度と動くことは無かったのだった。
「え、でも、勇者が石像に変わってしまったなら、なんでヘンリ様が……」
存在するのか?
セラフィーナの疑問も最もである。
勇者が石像に変えられてしまったのならば子孫をどう残したのか。
「勇者サトレイは、戦いにゆく前に子をなしていました。勇者とともに精霊のお告げを聞いて彼の修行をずっと支えていたソフィア——当時の聖女の親衛隊長の娘が戦いの前に子をなしていたののです」
「そのソフィアの子が伯爵家の始祖ということじゃな」
「はい」
首肯するヘンリが、
「勇者の子であり、またそれに大きな助力をしたということで我家は伯爵に取り立てられ、ヤータ聖教会にも重要な土地であるこのカウニスの地を任されることになりました。しかし、愛する勇者サトレイをうしなったソフィアの悲しみは深く、サトレイを自らが死地に送り込んだ罪の意識から、勇者の無念をはらすまで、我が家がその子孫を名乗ることを禁じたのです」
続けて述べた理由に、
「とはいえ、伯爵の地位も……そのソフィアさんの様子だと、すんなりと引き受けたわけでは無いように思えるのじゃが」
ローゼがさらに疑問をぶつける。
「その通りです。子を伯爵にという話は断り続けていたのですが、戦乱のせいでグリュに滅ぼされた元カウニス家はもちろん、他の有力な貴族もだいぶ滅びてしまっていて、国の乱れを正すには、勇者の子という求心力が必要と言われて……」
今、当代の勇者アウラも同じように、荒れ果てた世界をまとめる象徴となるように、救国の英雄を演じねばならなくなってるのだが……
過去にも同じような状況はあったようだ。
しかし、
「ソフィアも渋々したがったとのことです……では、せめて任された我々が正しく領地を収めていくことで勇者の名前に泥を塗らないようにとだけ努めました」
この創家以来の規律のおかげか、新生カウニス家は代々すぐれた治世をかさね、名君としての評判を得ていった。
もはや、誰に問われても の勇者の家系として恥ずかしくない実績を残していると考えられるのだが、
「……でもやはり無念を晴らさないと、我が家に子孫を名乗る資格が無いことにはかわりません」
「なるほどのう……しかしじゃな……」
「はい」
「具体的には何をしたら無念は晴れるのじゃ?」
「そう、それ!」
ローゼの横でセラフィーナはブンブンと首を縦に振りながら言う。
「それは……」
ヘンリは城の中の暗闇を睨みながら言うのだった。